ローカルグッドニュース

多様性×技術で起こすイノベーション

はじめに

「入力×処理=出力」

システムを考える時に私がまず頭に思い描く公式である。

どんな出力も入力がなければ存在しないが、「良い入力」をどのように作るかというのは、システム構築に常につきまとう命題であると同時に、解決に大きな困難を伴う課題でもあった。

本稿はそうした課題に「オープンデータ」というキーワードで解決策を見出し、金沢区で実践された活動について紹介するものである。

なお、オープンデータについての説明は他のページに詳しいのでそちらを参照していただきたい。

 

入力改革としての「オープンデータ」

私が「オープンデータ」という言葉をはじめて知ったのは2010年のことである。

オープンデータに関しては、データという資産を広く共有・活用した際の経済活性化への期待や、そのための許諾ライセンスのあり方などに注目が集まるが、個人的に大きな魅力を感じたのは、システム構築における「出力のために入力を考える」というこれまでの流れとは逆に「入力があって出力を考える」という手法が可能になるという点であり、これが課題となっていた「良い入力」の実現に大きな原動力となり得るということであった。

WEBサイトを例にすると、これまではそこで提供する情報は、そのサイトを管理する部署が業務上入手できるものに限られてしまうのが普通であった。それ以上の情報を提供したい場合は、自ら入力データを作る、または、該当情報を持つ他部署に必要性を説いて提供を呼びかけるなどの対応が必要であり、しかも一度提供を始めると継続的なデータメンテナンスの手間が発生してしまう。

本市の場合、WEBの個別ページは課単位の管理となるため、そうした作業を負担できる人的・技術的体制を取りにくいこともあり、これがいわゆる「WEBの縦割り」の原因となっていた。

しかし、オープンデータの掛け声のもとに各部署が情報をデータの形で提供するようになれば、情報入手に関する負担を考慮することなくWEBサイトにおける情報提供の横展開が可能になる。

この発想が、後の「かなざわ育なび.net」構築に繋がることになるのである。

 

処理改革を担う「つながるデータ」

オープンデータには、前述の資産を広く共有・活用するという理念上の「オープンデータ」と、Linked Data(リンクトデータ)と呼ばれる技術的な「オープンデータ」が存在する。

オープンデータにおいては、データは所有者である機関が提供するのが基本であるが、1つのリソースに関するデータが1つの機関から提供されるとは限らない。

例えば「公園」というリソースの場合、住所や広さ、座標などは環境創造局、その公園に設置された遊具の種類は区土木事務所、公園で開催されるイベントは区地域振興課など、複数の場所からその公園にまつわるデータが提供される可能性が高い。そうした場合に、複数あるデータをその「公園」というリソースに紐づける必要があり、それを実現する仕組みがLinked Dataである。

Linked Dataは、WWW(注1)の考案者であるティム・バーナーズ=リーによって提唱された「セマンティック・ウェブ」をベースにしたデータ処理の方法論である。一般的に勘違いされることが多いが、通常コンピュータがデータを処理した時、例えば「野島公園」と画面に表示させるといった時、コンピュータにとっては「野島公園」はただの文字列でしかなく、それが何を指し示しているかということは全く関知していない。

「セマンティック」とは「意味」を表す語であり、データに「それが何を表すかというデータ」(メタデータ)を付加して記述することで、コンピュータにそれが名前なのか、日付なのかといった「意味」を検知させることができる点が最大の特徴である。

具体的には、W3C(注2)において勧告されたWEB標準のデータ記述手法であるRDF(注3)を用いて、データを「主語・述語・目的語」という基本構造に沿って記述するもので、この基本構造のことを「トリプル」と呼ぶ。kihozu1

上図は、トリプルの基本構造をモデル化したものである。これをRDFの構文で記述するとコンピュータが見た時に、「金沢区の施設(ID:P7007)は野島公園という名称である」と解釈させることができる。

また、下図は、野島公園に関連する情報をさらに付加していったものであるが、複数の関連する情報がぶら下がるように追加されている様子がお分かりいただけるだろう。 kihozu2

現在多く用いられている配列構造のデータに対して、これは「グラフ構造」と呼ばれ、配列構造に比べてデータ項目の追加が容易で、より複雑な検索要求に対応しやすいという利点を持っている。

例えば、「金沢区内にある広域避難場所で100台以上の駐車場を持つ公園の所在地は?」というような複雑な検索にも、キーワードを区切ったり、複数回検索を行うことなく答えることが可能である。

さらに、前述のようにひとつのリソースに対して複数のデータが提供される可能性のあるオープンデータに対して、従来型の配列構造データベースを用いてコントロールすることは煩雑さを伴うが、グラフ構造のRDFであれば管理面でもより簡素化を図ることが可能になる。このようにオープンデータをLinked Dataで統合・活用しようとする概念は「Linked Open Data(LOD)」と呼ばれており、「かなざわ育なび.net」では、このLODをバックエンドに採用して構築したことから、技術面でも先進的な取り組みとして評価を受けることとなった。

 

出力改革としての「かなざわ育なび.net」

市民局広報課によると、本市のWEBサイトには14万のページが存在し、そのうち10万ページがほぼ使われていないのだという。

それほどの情報量があるということは、そこには当然のように多くの職員の労力が注がれているはずである。その証拠に、じっくりと探せば必要な情報はほぼ本市WEBから取得することができ、情報を出す側の職員が確実に職責を果たしていることは疑いの余地がない。それにも関わらず、WEBの縦割りによって、職員の私の目から見ても必要な情報が届きやすいようにはなっていないと感じていた。

オープンデータとその活用技術であるLODに出会ったとき、こうした課題に答えることのできるサービス、つまりWEBの中を人間が探し回るのではなく、データの側からユーザーの属性に応じてやってくるようなサイトを構築できるのではないかと考えた。

しかし、技術論をそのまま文章にしても理解が得られない、かつ見える形にした方がいいというアドバイスを受けて、「子育て」にジャンルを絞り「こそだてnet」という構想にまとめて何人かの仲間たちとともに職員提案として提出した。

その提案は、結果的に現職場で金沢区長の英断により平成25年度区独自事業「子育て情報スマートタッチ!かなざわ・こそだて.net(仮称)事業」として産声を上げることとなる。

最終的に正式名称を「かなざわ育なび.net」とした当サイトは次の2つの目的を持っている。

①情報提供における子育て支援のひとつとして、WEBで提供されている情報を整理し、PC・スマートフォンなどの媒体への対応とパーソナライズ(郵便番号、子どもの生年月日)によって情報へのアクセシビリティを高める

②データ活用及びそのメリットを可視化するショーケースとして、オープンデータ・オープンガバメントの推進を支援する

オープンデータ推進の文脈において「カタチ」を作ることで課題解決のモデルを示すことは、各地で多く取り組まれているが、かなざわ育なび.netは区という単位、しかも実際の市民向けサービスを立ち上げて実践的にそれを行ったことが特筆すべき点であろう。

構築にあたってのハードルは、当然ながら「入力」となるデータをどのように作るかということである。かなざわ育なび.netの構築を契機として金沢区役所内でオープンデータの動きが徐々に起こりつつあるとはいえ、いきなり各所管課に作業を依頼するのは抵抗が大きいため、多くのデータは自分で集めるしかないと考えていた。しかし、主担当の業務をこなす傍らで「かなざわ育なび.net」の構築を行い、私生活では子育て中の母でもあるという自身の制約のため、本業に影響を及ぼさないように効率的に作業を進めるべく、いくつかの方針を立てた。

方針その1は「既存の業務フローの中にデータ化タイミングを探す」ことで、事例としては2つある。1つ目は「横浜カレンダー」という市民局広報課によって運用されているイベント投稿システムの活用である。これは、地区センターなどの登録ユーザーがフォームから入力すると市のWEBにあるイベントカレンダーに情報反映されるという仕組みで、育なび.netを作る前からこうしたシステムがあることと、これにCSV出力機能が備わっていることは知っていた。さらに広報課の担当者に聞いてみると、メディアへ情報提供するためにCSVの自動出力用URLを作ることができるということだったので、その機能によって金沢区内で実施される子ども向けイベントを自動で出力してもらい、育なび.netに取り込んで表示している。

2つ目は、紙媒体作成タイミングを利用してスケジュール系のデータを作成したことである。金沢区福祉保健センターでは、毎年3月に広報よこはまと一緒に全戸配布される「福祉保健センターからのお知らせ」を発行している。これには福祉保健センターで実施する翌年度の乳幼児健診や各種講座・教室などの日程が網羅されているが、たまたまこの発行業務が私の担当となっていた。そこで前年度の入稿原稿を確認したところ、表が多くなる紙面構成の関係かExcelが利用されており、それをそのまま各課に割り振って内容入力をしているようだった。そこで各課の担当者にデータとして使えるフォーマットを提示し、そこに日程などを入力してくれないか頼んだところ、作業自体が大して変わらないということもあり、すんなりと受け入れてもらうことができた。結果として乳幼児健診・両親教室・健康づくり系の教室などの日程その他はすべてここでデータ化することができた。

方針その2は「WEBにあるデータを活用する」ということで、例としては、保育園入所状況の月次データが挙げられる。このデータはもともとPDFファイルが毎月WEBにアップされていて、見る限りでは元ファイルはExcelで作られているようだったので、担当課にWEBにアップするタイミングでデータを送ってくれるように依頼し、更新サイクルに組み入れた。

それ以外は、区・市役所WEBの中にないか探して拾い集めることとなる。最終的に、施設、公園、学校、観光スポット、地域防災拠点など多くの情報がWEBの中に存在していたので、それらを拾い集めて、緯度経度などの座標情報を付加し、CSV化していった。しかし、WEBにない情報については、それがどんなに有益であってもデータ化の対象外として、将来的なオープンデータの進展に期待することとした。

こうした作業は、将来的にオープンデータが庁内で一般的になった際のことを考えて、コピー&ペースト、Excelのツールを使った抽出、PDFからのExcel変換など、特別なツールや技術を一切使わずに行っている。最初の座標情報の付加やIDの付与などはデータ量がそれなりにあるので大変だったが、一度作ってしまえばあとは部分的な更新のみになるため、イニシャルコストと考えて乗り切った。

できあがった30種類ほどのCSVファイルは、委託会社のエンジニアに引き渡し、前述のLinked Dataで活用できるようにファイル形式を変換して「かなざわ育なび.net」で利用するほか、区WEBサイト(注4)でオープンデータとして公開し、広く民間にも活用していただけるようにしている。

サイト構築にあたっては、サーバ側で実施される技術的作業のほかに、子育て中の方のスマートフォン利用率を調べるため、乳幼児健診やNPOの子育てメールマガジン、地域子育て支援拠点、金沢区保健活動推進員の協力による育児教室の場など、子育て中の方が多く集まる場所での実態調査や、育なび.netテストサイトについて区こども家庭支援課職員、区民ユーザーなどに試用してもらいフィードバックを受けるなど、多くの方の協力のもとに進められた結果、「かなざわ育なび.net」は、平成25年7月25日の市長定例記者会見にて無事にお披露目を行うことができた。

平成25年8月1日の開設初日にはNHKニュースに取り上げられたこともあって2800近いページビューを記録し、市内他区、他都市からも問合せがあったほか、その後もいくつかのメディアに掲載された。また、オープンデータの盛り上がりに呼応するように、データ活用の先進事例として各地のシンポジウムなどで取り上げられている。

しかし、特に子育て中の方へ使ってもらわなければ意味がないということで、広報への掲載やポスター掲出はもちろんのこと、区役所で各種手続きをした方へ渡す窓口用封筒にかなざわ育なび.netの広告を載せてもらい、出生届提出者などへ自動的にプロモーションされるようにしたり、金沢動物園と連携して、かなざわ育なびkihozu3.netで動物園のイベント掲載や新しい案内ツールを提供する代わりに、育なび.netの画面提示による入園料割引を実施してもらうなど、区民へのプロモーションについても、区役所や区内の資源をフル活用して行っている。チラシやポスターなどには、金沢区の広報キャラクター「ぼたんちゃん」を登場させたアイコン(右図)を使っており、このキャラの可愛さも広報に一役買ってくれている。

こうしたキャンペーンが功を奏したのか、ある区民利用施設が、かなざわ育なび.netにイベント情報を載せたいと進んで横浜カレンダーの活用をしてくれたことがあり、「データ活用及びそのメリットを可視化するショーケース」としてのかなざわ育なび.netがきちんと機能している手応えを感じることができた。

そしてその先へ

金沢区は臨海エリアが、環境未来都市におけるグリーンバレー構想のモデル地域として指定されているほか、金沢八景にキャンパスを置く横浜市立大学が文部科学省より「地(知)の拠点事業」の採択を受け、環境未来都市構想推進のための研究や地域課題解決に資する人材育成を開始するなど、構想が謳う人類共通の様々な課題に対応する技術、社会経済システム、まちづくりにおける世界に類のない成功事例の創出と持続可能な社会の実現のための最先端基地となりつつある。

こうした動きを受けて金沢区役所も政策局との区局連携事業として「金沢区におけるICTプラットフォームとオープンデータの推進事業」を平成26年度予算に計上している。この中では、かなざわ育なび.netを突破口としたオープンデータの取組みを中心に「ICTプラットフォーム」を形成し、既存の自治会・町内会や工業団地などの「地域プラットフォーム」との相乗効果により、子育て、観光、環境、防災などの課題解決や価値創造のための協働を推進できる環境未来都市の社会活性化モデルの実践を行うこととしている。

我が国は、過去のIT政策の成功によって世界最高水準の通信インフラを保有し、さらに低コストなレンタルサーバやスマートフォンの普及などハード面に関しては充実している。しかし、そうした環境によって一個人でも数万単位のアクセスを伴うサービスやアプリの構築・提供が可能となっているにも関わらず、ソフト面でのIT政策はあまり進んでいないのが現状である。

金沢区におけるこの実践がカタチになれば、オープンデータとICTプラットフォームを基軸としたソフト面でのIT推進と官民学の多様な主体による課題解決モデルにより、オープンガバメントの3つの原則である「透明性・参加・協働」の全てを日本のどの都市よりも早く金沢区そして横浜市が手に入れることも夢ではない。その時こそ、150年以上前に黒船が錨を下し、開港という新たなステージへと踏み出す舞台となった横浜・金沢の地で、長きに渡って育まれた高い市民力が如何なく発揮されるだろう。

 

(注1)WWW World Wide Webの略

(注2)W3C World Wide Web Consortium(ワールド・ワイド・ウェブ・コンソーシアム)の略。World Wide Webで使用される各種技術の標準化を推進する為に設立された標準化団体、非営利団体。

(注3)RDF Resource Description Framework

(リソース・ディスクリプション・フレームワーク)

(注4) 金沢区WEBサイトのオープンデータ掲載ページURLhttp://www.city.yokohama.jp/kanazawa/kz-opendata

 

調査季報Vol.174

調査季報Vol.174

(執筆 石塚 清香 金沢区福祉保健センター福祉保健課)

ライター紹介

LOCAL GOOD YOKOHAMAは、まちでコトをつくりたい、人とつながりたい、課題を解決したいと考えている市民のみなさんのICTプラットフォームコミュニティ。みんなが情報やコミュニケーションでつながり、人が集まることで何かがはじまる場をつくり、コミュニティや活動がこれからも続くキッカケをデザインします。まちの課題や問いに対して「自分ごと」として新たな一歩を踏み出し、まちの未来をより良くするアクションを 「LOCAL GOOD」と名づけました。 さまざまな地域課題に向き合う「ローカルグッドプレイヤー」とともに、共に考え、語り、取材をすることは、新たな視点や経験を得る貴重な体験です。取組を知り、現場でつながることは、おたがいの働く、学ぶ、暮らすを変えてゆくためのアイデアやアクションを生むためのイノベーションのヒントになります。地域のプレイヤーが悩み、チャレンジする現場に足を運び、声に耳を傾け、みなさんの得意や関心に併せた役割を見つけてください。自らを知る、変えるチャンスを提供します。誰もが参加して応援できるローカルグッドサポーターが、はじまっています。 https://yokohama.localgood.jp/about/ LOCAL GOOD YOKOHAMA 編集部へのお問い合わせやご意見、取材希望や情報提供はこちらにお願いいたします。 localgood@yokohamalab.jp 

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