2014.06.11
1はじめに
オープンデータを進めるために、自治体が保有するデータを、機械判読可能かつ二次利用が容易な形式で積極的に公開したとしても、それらのデータを企業やNPOなど民間側が活用して、社会的課題を解決したり、新たなビジネスやサービスを生み出すことが出来なければ、政策としての社会・経済的効果は発生しない。それどころか、オープンデータ化にかかるデータベースなどの基盤整備費や人件費などの費用を考えると、「利用者のいない地域で高速道路や空港を整備する」のと同じレベルの投資対効果の低い公共事業の見本となってしまうだろう。オープンデータの推進は、行政だけで成し得るものではなく、民間とのパートナーシップが不可欠な所以である。
本市においては、オープンデータを推進するための民間によるコンソーシアムといえる「横浜オープンデータソリューション発展委員会」が、オープンデータを推進する全国の民間組織の中でも、いち早く立ち上がり、行政に先駆けてオープンデータの利活用事例を開発してきた経緯がある。また昨年9月から本市が総務省に協力して展開している、自治体版オープンデータの基盤構築と利活用推進のモデル事業の実証実験においても企業やNPOなど様々な民間主体と共に、オープンデータの活用のあり方について実践的に検証し、その成果を様々なメディアを通じて発信してきた。
本稿では、横浜におけるオープンデータの推進に関わるこれまでの民間の実践と民間と行政との協働の取組を紹介する中で、多様な主体が何をテーマにどのように連携・協働すれば新たなサービスやビジネス、産業を創出することができるのか、そのあり方について検討することを目的としている。その上で、自治体がオープンデータの活用によって、社会・経済的な効果を確実に得るための仕組みや方策について考えてみたい。
2横浜オープンデータソリューション発展委員会について
「横浜オープンデータソリューション発展委員会」は、24年11月に「富士ゼロックスR&Dスクエア」の共創ラボラトリーで、呼びかけ人が、キックオフイベントを開催した後、12月に正式に発足した。理事長は、株式会社MM総研代表取締役所長であり、国際大学GLOCOMの教授である中島洋氏。その他に大学の研究者やエンジニア、NPOの代表など理事人で運営されている法人格を持たない任意団体である。会員は200名を越えるが同委員会が掲げる「横浜から世界に向けてオープンデータによって成長・発展する新しい都市の姿を発信していく」という趣旨に賛同し、会のホームページやフェースブックで参加表明をすれば、特に審査を受けることなく、誰でも会員になれる。
主な活動は、①公的データを活用したアイデアソン、ハッカソンの開催、②公的データによって横浜の政策課題を多様な主体で共有し、解決に向けて「対話」を進めるフューチャーセッションの開催、③横浜市や国に対するオープンデータの技術や制度の検討・提案、④オープンデータを進める都市間交流の推進の4点である。
会則はあるが、極めてゆるいものであり、会員間のコミュニケーションは、フェイスブックなどソーシャルメディアを通じたものと、会の事務局を担う「横浜コミュニティデザインラボ」の拠点である「さくらWORKS〈関内〉」での情報交換会や研究会に拠っている。現在のところ会員は会費を払う必要がなく、また企業の寄付や行政の補助金など特定の収入もあるわけではないので、研究会やアイデアソン、ハッカソンなどを開催した際の資料代やカンパ以外、団体としての活動資金は、ほぼ無いに等しい。従って同委員会の機能は、横浜のオープンデータを進めるための「組織」や「事業体」というよりも、同好の士が交流するための「場」に近い。誤解を恐れずに言えば、この手の交流の場は、時間の経過と共に求心力を失い、有名無実に形骸化するか、消えてなくなってしまうケースも多い。ところが、同委員会の活動は、発足から今に至るまで活動が途絶えることなく、かえって時が経つにつれ、ますますパワーアップしているのだ。
例えば、発足直後の25年1月、みなとみらいホールで、企業人やエンジニア、市会議員、行政職員など100人近い参加者を集めて「横浜の文化観光」をテーマにした「アイデアソン」を開催。さらに同月、アイデアソンで出されたアイデアをアプリとして実装するためのハッカソンを「さくらWORKS〈関内〉」にて敢行。市内を中心にオープンデータに関心のあるエンジニアたちが集り、チームを組んで、横浜市中央図書館が保有する画像データなどを使用し、ARによる街歩きアプリなどの数点のアプリケーションを1泊2日で完成させた。そして同年2月には、日本では初めて開催された「インターナショナルオープンデータデイ2013」に横浜として参加し、ハッカソンで開発したアプリで、実際に街歩きを行うなど様々なイベントを展開、「アイデアソンによるアイデア出し→ハッカソンによるアプリ実装→イベントでのアプリの利活用」という、民間団体がオープンデータを活用する際の雛形となるイベントを、まさにソリューションとして示す形で実際にやってみせたのである。さらにその後、同年6月に行われた横浜青年会議所主催の「横浜開港祭」に向けて、SNSで把握できるビッグデータを利用して、来場者の傾向や属性を分析し、その結果に基づいて開港際を盛り上げるためのアイデアソンを実施。その結果を開港祭の場で発表するなど、ビッグデータ活用なども含めたオープンデータの可能性を広げる多彩なイベントを展開している。
同委員会が、活動資金をほとんど持たない民間団体でありながら、発足後、半年余りの期間に、これだけ多彩な活動を行えたのは、なぜだろうか。
その要因としては、
○横浜には、もともとオープンデータに取り組むエンジニア集団や地域情報化に取り組むNPOが存在しており、豊かな活動の土壌が民間の側にあった。
○横浜国立大学や東京都市大学など市内にある大学の研究室が技術的基盤の提供や学生の研究活動の一環として、同委員会の活動に積極的に協力している。
○オープンデータ流通推進コンソーシアムや実務者会議など国のオープンデータの推進に関わっている専門家たちが、横浜を日本の大都市におけるオープンデータのパイロットエリアにしようと、同委員会の活動に手弁当で協力している。
などが挙げられるだろうが、何よりも中心メンバーのそれぞれが、自分達の持つ知識や技術、場所や資金を出来る範囲で持ち寄り、シェアすることによって、同委員会を運営していることが最も重要な要因であると思われる。
3総務省実証実験における市民と行政の協働の取組
昨年の5月に横浜市役所内に庁内横断的にオープンデータを進めるためのプロジェクトが発足し、横浜市行政としてオープンデータの推進に向けた本格的な取組が始まった。それ以降は同委員会がハブになる形で、民間と行政の間で、オープンデータの利活用について、検討・交流する機会が増えていった。
そして昨年9月に、本市が総務省の実施する地方公共団体においてオープンデータを流通させる基盤を構築し、利活用を普及するための実証実験に協力することを決めたのを契機として、オープンデータの利活用に関する民間と行政の協働の取組が本格的に始まることとなった。
以下にその取組事例を紹介しよう。
❶女性の視点×オープンデータで、コミュニティビジネスの種を育てる
実証実験の一つとして、女性の視点で横浜市のさまざまな調査・統計データを活用し、地域課題を解決するアイデアを考え、ビジネスプランを練り上げるというプログラムを実施した。これは、「オープンデータ」を媒介に、女性が抱える社会的課題を女性自らがソーシャルビジネスによつて解決する道を探るという目的の他に、超高齢化と生産年齢人口の減少に臨む横浜の地域社会の現況と課題を、行政にとって都合の悪いデータも含めて徹底的にオープンにし、市民と共有化した際にどのような提案が出されるのかということを検証する企図もあった。「女性の視点×オープンデータで、アイデアの種を育てよう!」と題したこのプラグラムは、横浜市経済局経営・創業支援課と「横浜ウーマンビジネスフェスタ実行委員会」、横浜オープンデータソリューション発展委員会の三者によって企画運営し、参加者はソーシャルメディアなどを通じて公募した。
公募で集まったのは、NPO法人、SE、デザイナー、アナリストなど多様な分野の女性たち。9月末の「フューチャーセッション」を皮切りに、10月中旬の「アイデアソン」で出たアイデアを、11月の「ブラッシュアップセッション」(4回)で練り上げた。その過程で、横浜市役所側は、政策局政策課政策支援センターが本市の人口構造や人口動態のトレンド、本市の直面する地域課題についてレクチャーしたり、提案に必要なデータの所在や分析の視点などについてアドバイスしたりした。ブラッシュアップセッションを経てアイデアソンで出されたアイデアを提案にまでまとめ上げたのは、「『ボラ婚』~恋愛は地球を救う~」「シニア女性の派遣ワークス」「モンスターハンターよこはま~ギルドによるコミュニティ」「安×住×働(anjyudo)~安心し、住みながら働ける在宅ワークキューブ~」の4チーム13人。いずれも「少子化」「単身世帯増」「女性の就労」「郊外団地の空き室」など、横浜市の重要な地域課題について、データを読み込み、活用してプランを作成しているのが特徴だ。
最終成果を披露する公開プレゼンテーションは12月7日にみなとみらい地区で行われた「横浜ウーマンビジネスフェスタ2013」(事務局・横浜市経済局)の一環としてクイーンズスクエア横浜クイーンズサークルで行われた。
約2か月・50時間以上にわたって、議論や調査を重ねて練り上げた4プランが発表され、空室率上昇に悩む郊外団地と女性の労働力活用を解決する「安×住×働(anjyudo)~安心し、住みながら働ける在宅ワークキューブ~」が最優秀賞を受賞した。
現在、「横浜ウーマンビジネスフェスタ」で発表されたこれらの事業プランをどのような形で具現化していくかについて検討中である。
❷オープンデータで旧東海道の文化・観光まちづくりを活性化する
オープンデータの活用を文化観光やまちづくりといった地域の活性化につなげていくという観点からの実証実験も実施した。
横浜市は、区や文化観光局を中心に、魅力あるまちづくりの「種」を市内各所に見いだし、多様な観光資源を発掘する試みを続けている。「旧東海道」に着目したまちづくりもその一つで、かつて東海道の宿場町であった保土ケ谷宿や戸塚宿周辺でイベントやセミナーを展開してきた。
こうした旧東海道の宿場周辺の歴史的資産や往時の記録を今後のまちづくりに生かし、市民が地域への愛着を育むきっかけにすると共に、来街者の誘致による地元商店街の振興など地域活性化を図って行く手段としてオープンデータが活用できないかという趣旨から実施したのが「旧東海道プロジェクト」であった。東京都市大学上野研究室と保土ケ谷区、戸塚区、文化観光局、都市整備局都市デザイン室が共催した。
このプロジェクトの発端のイベントは、昨年9月に開催された都市デザイン室と保土ケ谷区、戸塚区が実施した「旧東海道お宝自慢ワークショップ」である。このイベントは保土ケ谷、戸塚区の区民に呼びかけ、それぞれの自宅に眠る保土ケ谷宿、戸塚宿に関する写真や絵葉書、古地図などを持ち寄ってもらい、それぞれの公開の場で語り合ってもらおうというもの。このイベントでは、持ち寄られた写真等について所有者から著作権等に関する使用承諾を書面でいただき、デジタル化したうえで、二次利用を可能にした。そして、保土ケ谷、戸塚の区民から提供された「お宝」に、横浜市立中央図書館、横浜市文化観光局、保土ケ谷区・戸塚区など公共機関が保有する写真や、浮世絵の画像・書誌情報に加え、同エリアでまちづくり調査を手がけてきた一級建築士事務所山手総合研究所が所有するデータをマッシュアップして「旧東海道データベース」を構築。
このデータベースを活用して、学生やエンジニアなどを対象に旧東海道をテーマにした観光アプリケーションを作成するための公開勉強会とハッカソンを開催した。10月17日に開催した公開勉強会では、「旧東海道データベース」の内容を紹介すると共に、横浜市歴史博物館の学芸員やまちづくりプランナーによるレクチャーを中心に、旧東海道の歴史的背景やまちづくりの方向性について共有化した。そのうえで10月25日、26日に1泊2日のハッカソンを開催。このハッカソンでは、5種類のアプリの試作品が開発され、26日に行われた発表会では、観光とすごろくを組み合わせたゲームアプリ「東海道すごろく」が最優秀賞に選ばれた。そしてこのハッカソンで開発されたアプリは、11月に文化観光局が実施した「よこはま旧東海道みち散歩月間」のウオーキングイベントで実際に活用され、それ以降も戸塚区や保土ケ谷区のイベントなどで活用され始めている。
❸オープンデータで、防災・減災のコミュニティをつくる
オープンデータを活用し、防災と環境という大切なテーマに楽しく関わることができるイベントを通して、新しく誕生した街の住民と既存住民とのコミュニティ形成を支援していくための実証実験も行った。
昨年12月に旭区左近山団地を舞台に、まちのゴミをゲーム感覚で集めて回収量を競う「スポーツGOMI拾い」にオープンデータを活用した防災マップ作りを組み合わせたイベント「防災スポーツゴミ拾い」である。同イベントは、市内企業であるリスト株式会社が旭区左近山団地に隣接して開発した戸建て住宅地「リストガーデンダイヤモンドパーク」の街開きを記念し、オープンデータを活用し、両住宅団地の住民の交流イベントを企画したことが契機となっている。実施にあたっては、同社のほか、株式会社野毛印刷社と横浜オープンデータソリューション発展委員会、そして連合自治会や地元のNPO、地域ケアプラザが連携して実行委員会を組んだ。後援は旭区役所と横浜市政策局。
当日は参加メンバー全員を「スポーツGOMI拾い+ガリバーマップユニット」と、地域防災マップの作成及び電子化を行う「ストリートマップユニット」に分け、イベントを展開した。まず、スポーツGOMI拾い+ガリバーマップユニットは、1チーム3~5名で防災ポイントをチェックしながら決まったエリア・時間の中で、チーム対抗でゴミの量と種類により計算されたポイントを競いあった。
ストリートマップユニットでは、防災科学研究所が開発したオープンソースのウェブ地図システムである「eコミマップ」を活用、この「eコミマップ」にはあらかじめオープンデータ化した横浜市の「わいわい防災マップ」のデータを取り込んだ。そして参加者はまち歩きをしながら、スマートフォンで危ない場所や防災拠点など、災害発生時に必要な情報を写真撮影し、「eコミマップ」に位置情報を登録するという仕組みで活動した。
両ユニットの合流場所となった中学校の体育館では、「スポーツGOMI拾いユニット」が競技中に得た防災情報を「ガリバーマップ」と呼ばれる5m×5mの巨大な地図に落とし込み、その内容を「ストリートマップユニット」がデジタル化することによって、「eコミマップ」の情報とマッシュアップし、住民参加型の地域防災マップを完成させた。
なお、地域防災マップのデータは野毛印刷社が運営する防災SNS「防災家族」に反映させ、インターネット上での地域住民相互の対話のネタとして、今後のまちづくりに活用していくための検討も始めている。
4今後の方向性と課題
以上の実証実験で見えてきたことは、オープンデータは、「女性の社会参加」「観光・まちづくり」、「防災・減災」など市民生活に身近な様々な分野で応用・展開することができるということである。ただし、このような展開は研究者や専門家、エンジニアだけでなく、地域住民や地元企業、社会起業家など様々な立場、属性の方々が集い、連携することによって可能になる。
そして、行政が公的データの活用を軸に、多様な民間主体が持つ知識や技術、資金などを結び付け、社会全体でシェアすることが出来さえすれば、多額の公的資金を投入しなくても、市民生活を便利にし、豊かにするためのアプリケーションやサービス、仕組みなどを生み出すことも可能であるということが分かった。
それでは、このような可能性を踏まえて、本市が今後オープンデータの利活用を進めていくうえで、求められるものは何だろうか?
一つは、市民生活に身近な課題の解決にスポットを当てるなど、より多くの市民にオープンデータの必要性を理解してもらうことだろう。また、今回の実証実験の成果などを活かしながら、市場で評価され、流通するアプリやサービスの事例をつくることも求められる。さらには、データの提供形式やルールの標準化を目指して、隣接する自治体等との広域連携の取組を進めることも大切である。
以上の3つの方向性を意識しながら、オープンデータを進めるための民間と行政の協働をより一層、進めていきたい。
(執筆 関口昌幸 政策局政策課担当係長 / 上野直樹 東京都市大学メディア情報学部教授)
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