ローカルグッドニュース

横浜におけるオープンデータの取組と課題

調査季報Vol.174

①    横浜におけるオープンデータの推進―その意義と目的

行政が保有する公的情報を誰もが自由に使えて、再利用・再配布が可能な形で提供するオープンデータの取組が欧米を中心に世界中で広がり始めている。また国内においても平成24年からオープンデータに対する取組が急速に進み始め、全国の中でも横浜市はオープンデータ先進自治体の一つに挙げられている。本稿の目的は、そもそもオープンデータとは何かをあらためて定義すると共に、本市がオープンデータを進めることの意義と目的について考察することにある。

1オープンデータの定義と思想

ウィキィぺディアは、オープンデータについて次のように定義している。

「オープンデータ(Open Data)とは、特定のデータが、一切の著作権、特許などの制御メカニズムの制限なしで、全ての人が望むように利用・再掲載できるような形で入手できるべきであるというアイデアである」

❶「公開」よりも「活用」に重点

この定義は、様々な点で示唆に富んでいる。一つは、ともすれば誤解されがちであるが、オープンデータは、情報を保有する主体に対して、その全てのデータの公開・提供を野放図に求める思想や政策や運動ではない、ということである。対象となるのは、あくまでも「特定のデータ」なのだ。例えば個人のプライバシー等に関わるため非公開としている情報については、オープンデータだからといって公開するものではないということである。

行政情報の公開については、「行政機関の保有する情報の公開に関する法律」(平成13年4月1施行)の施行以降、自治体レベルでも制度が構築され、取組が進んできた。しかし、この法律においても、例えば「特定の個人を識別できる情報」や「法人の正当な利益を害する情報」、「国の安全、諸外国との信頼関係等を害する情報」などについては、公開の対象から除外されている。

オープンデータは、このように法律で規定されている非開示情報の公開や制限緩和を求める思想や政策ではない。オープンデータの力点は、公開よりも活用にある。その主な対象となるのは、既に公開されている情報の中でも検索しにくかったり、利用・再掲載にあたって不合理な制限が付与されているもの、また第三者が加工・編集しにくい形式で提供されているものである。ただし、本来は社会に広く公開されるべき性格や内容のデータであるにも関わらず、例えば書類や報告書という紙媒体でしかデータが保持されていないため、結果的にほとんどの市民が情報にアクセスしにくいケースも多い。このように実質的に未公開になってしまっている情報についても、出来る限りデジタル化し、インターネットを通じて、誰もが利活用できるようにしていくことも、オープンデータの重要な目的であることは言うまでもない。

❷民間と行政の保有する情報のマッシュアップを図る

今一つウィキィぺディアの定義で見逃せない点は、データの提供主体を行政及び公的機関と限定していないことである。すなわちオープンデータにおいては、情報の提供者がいつでも行政で、それを享受或いは請求するのは民間であるという、一方的かつ固定化した関係性にはならない。行政のみならず、企業やNPO、そして個々の市民などそれぞれの主体が保有する情報を提供し合い、共有化していく。それによって共創的に社会的課題を解決したり新たなビジネスや産業を生み出して行こうという発想が根底にある。

例えば観光という分野一つとっても、行政の持つ情報は少なく、多くの情報は、観光コンベンションビューローや旅行業者、レストランやホテル、アミューズメント施設、交通事業者など多様な民間主体が保有しており、アプリ等を活用して観光客に価値のある情報を提供しようと思うのならば、個々の主体の持つ情報を組み合わせ、融合させることが望ましい。これは、保育施設の空き情報など、行政が情報を多く保有すると思われる子育て分野などについても同様で、現場で実際に市民に対して支援やサービスを行う民間事業者やNPOの協力を得なければ、情報を入手することも集約・提供し、必要に応じて更新することもままならないだろう。

このように官・民の多様な主体が協働で、社会に有用な情報をシェアし、マッシュアップ(注1)していくというオープンデータの発想は、情報のみならず、知恵やアイデア、技術などについても、社会全体で共有化することで、新たな価値を生み出していく「オープンイノベーション」の思想や運動とも結びついている。オープンデータを推進するためのイベントとして、年齢も所属も立場も異なる多様な主体がチームを組み、アイデアを出し合い、技術を共有化することによって、市民生活に役立つアプリ等を共創するアイデアソンやハッカソンが頻繁に行われるのも、その証左であるといえる。

オープンデータの活用にあたっては、国際的な利用ルールを規定したクリエィティブ・コモンズの導入の可否や、CSVやXMLなど機械判読可能なデータ形式で提供すべきなどテクニカルな議論が先行しがちだが、オープンデータの取組の根底には「社会のあらゆる主体が、それぞれの情報や知恵やアイデア、技術を相互にシェアすることで、みんなの力でより良い社会を創る」という思想がある。そのことを忘れて、単なる技術やルールの議論に終始してしまうと、オープンデータの推進は、いわゆるこの業界の研究者やエンジニアのみに関わる狭い世界の話になってしまい、自治体として多くの市民や企業の理解と参加を得られなくなってしまうだろう。

2横浜市がオープンデータに取り組む意義・目的

本市ではこの1年余りの間で、オープンデータを進めるための全庁的なプロジェクトの発足や国のモデル事業の実施など(注2)を通じて、全国でも有数のオープンデータに熱心に取り組む自治体の一つであるという評価を得てきた。一方で、庁内には「なぜ、なんのためにオープンデータをこんなにも急いで進めなければならないのか」という、疑問の声があるのも事実である。そこで、本市がなぜ今、オープンデータに取り組まなければならないのかということを、超高齢・人口減少社会における新たな政策形成の必要性という観点から、以下に述べてみたい。

❶オープンデータによる広報行政の転換

新聞やテレビなどのマスメディアに加えて、インターネットを通じたソーシャルメディアが急速に普及するなど、多様なメディアによる情報洪水の中で、行政情報に対する市民の認知度が相対的に低くなっている。例えば、かつて「広報よこはま」は、市民と行政とをつなぐ、唯一無二の広報媒体であったが、今では若年層を中心に「広報よこはま」を読まない層が増えている。例えば、平成23年度「横浜市の広報に関するアンケート調査」によると、広報よこはまを「毎月読んでいる」「ほとんど毎月読む」市民は20歳代では1割、30歳代でも2割強に過ぎない。これは70歳代以上が6割強であるのとは対照的である。

これは、ある意味で当然の結果であろう。例えば横浜市のイベント情報を自分の必要な時に、今いる場所で、素早く入手するためには、広報誌やチラシ、回覧板のような紙媒体を活用するよりも、インターネットで検索したほうが遥かに優れているということを若者たちは、体験的に理解している。この傾向は、スマートフォンの普及と共に育っている今の小中学生では、なおさら強くなるだろう。従って、このような若い世代が社会の中心となるこれからの時代の広報行政のあり方を考えると、クロスメディアを前提にしながらも、その中核にインターネット広報を据えていくことが必須となる。そのうえで、情報を検索する市民が、必要とする情報に素早く、容易に辿り着きやすいよう、データをタグ付けすると共に、他の類似データと関連付けやすいようにして配信することが望ましい。そのためには情報を機械判読可能でリンクしやすい形、すなわちオープンデータ化してインターネット上に提供することが重要になるのである。

さらに市民の家族のあり方や働き方が大きく変化する中で、個々の市民のライフスタイルやニーズに寄り添う形で行政情報を届けることが求められている。例えば、シングルマザーの就労を支援するためのセミナーを企画するとしよう。このセミナーの参加対象への広報を考えた場合、チラシを作成して、関連する公共施設に配布したとしても、仕事や子育てに多忙なひとり親家庭の親たちが、たまたま出かけた公共施設でチラシを手に取る確率は極めて低い。一方で、セミナーの情報を再利用・再掲載可能な形でオープンデータ化し、ツイッターやフェイスブックなどのソーシャルメディアを通じて発信したとしよう。この場合、支援に取り組むNPO、関心を持つ個人、そしてそれをビジネスチャンスと捉える企業など様々な民間主体がリツイートしたりシェアしたりすることで、イベント情報は、ネット上で、ほぼ無限に拡散・展開され、情報を必要とする当事者に届く可能性も高くなる。さらに中間支援組織などを通じて、ソーシャルメディア上に当事者や支援者などによるコミュニティをあらかじめ形成しておけば、オープンータ化した情報が、必要な市民に迅速かつ効率的に届く確度がさらに高くなるだろう。

❷データによる対話と協働の革新

介護保険や指定管理制度の導入などを機に、公的なサービスを、行政だけでなく、NPOや企業などの民間主体が担うようになっている。また、地域の課題についても市民と行政が共有し、協働で調査・研究を進めたり、フューチャーセッションなどの対話の手法によって合意形成を行い、共創的に政策を形成することが求められている。オープンデータの推進は、このような市民と行政の協働・共創による課題解決や政策形成においても真価を発揮する。

例えば、横浜市では地域ごとに人口動態や人口構造が、極端に異なるという「まだら模様」の人口減少社会が進行している。また地域によって資源や課題、それに対する取組も様々である。従って、住民と行政、また住民相互の対話の場においては、参加者がそれぞれの実感や体験のみに基いて話し合うのではなく、まずその地域の資源や課題を客観的に把握した上で可視化し、参加者全員で共有することが必要となる。

そのためのツールとして有効なのがGIS(地理情報システム)である。このシステムによってオープンデータ化された地域の統計データや施設情報などを地図上にマッシュアップして、誰にでもわかりやすく示すことが出来れば、年齢や職業、価値観などが異なる住民が対話するための共通の土俵を築くことができる。

また、対話やワークショップの成果をデジタルアーカイブとして保存し、SNSなどを活用してオープンデータ化すれば、その場に居合わせなかった住民も交えて、成果を積み重ねながら、継続的に対話を重ねて行くことが可能になる。すなわち、様々なICTを活用しながら、地域情報のオープンデータ化を進めれば、これまでは限られた住民による単発的なイベントに終わりかねなかった地域の対話の場(ワークショップやワールドカフェ)を、幅広い住民の参画を得た持続可能なものにしていくことが期待できる。

さらに、オープンデータを活用して作成したゲーミフィケーション(注3)のアプリなどを地域活動のプログラムに導入すれば、これまでは、なかなか地域の活動に参加しなかった若年層の参加が期待できると共に、住民が義務感や使命感からではなく、楽しみながら課題解決のための活動を続けていくこともできるのではないか。

そしてSNSなどのシステム開発、ゲーミフィケーションのアプリ作成などを通じて、企業が地域課題の解決にCSRやソーシャルビジネスの視点から関わることが可能になるかもしれない。以上のようにオープンデータの推進は、これまで本市が進めて来た地域における住民参加と協働の取組みを抜本的にイノベーションしていく可能性を秘めている。

❸オープンデータによる地域経済の活性化

横浜市がオープンデータを進める重要な目的の一つに、地域経済の活性化がある。

急速な高齢化と生産年齢人口の減少が進む中で、自然の摂理として中長期的に自治体の税収は減少し続けるであろう。それにもかかわらず社会保障費など公的サービスに対する需要は、増え続けていくことが予想される。その結果、成長・拡大期のように豊富な公的資金を投入することで地域経済を活性化させることが厳しくなってきている。従って、これからは資金だけでなく、行政が保有する情報を資産として捉え、オープンデータ化したうえで、市場に流通させ、民間企業に活用して頂くことが求められてくるのではないか。すなわち市場価値の高い公的データを優先的にオープンデータ化し、その上で民間の持つビッグデータなどとマッシュアップするなどして、新たなビジネスを興し、産業を育成・活性化するという発想である。国が経済成長戦略の一環として、オープンデータの推進を掲げるのも、基本的にはこの考え方に依っている。

ところで、この発想を具現化するにあたっては、行政は保有する情報をとにかくオープンデータ化すれば良く、あとは民間企業に委ねるべきだ、という意見がある。産業や経済の育成や活性化に、行政が必要以上に関わり、ハンドリングしてしまうと民間活力がかえって萎えてしまうのではないのかという危惧である。この意見は原則的には正しい。ただし、オープンデータ化を進めていく初期の段階では、行政の積極的な関与も効果的である。オープンデータの活用が進んでいるアメリカにおいては、政府機関が高額の賞金を用意してアプリケーション開発コンテストを開催し、活用ビジネスを活性化している。また、行政も加わった上で、企業や大学研究機関、NPOなどと共に、オープンデータを活用して新たな製品・サービスを開発し、市場に流通させるためのプラットフォームを形成することも考えられる。このプラットフォームにおいて、行政が果たす役割は、オープンデータを活用する民間の多様な主体に声をかけ、マッチングし、コーディネートしていくことである。行政がこの役割を果たし、プラットフォームが稼働し始めれば、次には、民間の各主体間の相互交流によってイノベーションが起こり、地域経済が自然に活性化することが期待できる。

一方で、公的情報のオープンデータ化に伴う作業を雇用創出型の公共事業と位置付け、そこで、就労に困難を抱える若者や女性、障害者などを雇用していく視点も大切になる。オープンデータの推進によって発生する様々な作業は、テレワークが可能であるなど、たとえ困難を抱えていたとしても、仕事として取り組みやすいからである。ただし、その場限りの一時的な雇用では、本人にとっても、社会にとっても、それ程有益であるとはいえない。このような雇用機会の創出と併せて、当事者に対するきめ細かな職業訓練とキャリア形成支援、起業支援などを包括的に提供することが肝要ではないか。これによって、オープンデータの推進が、雇用を通じた社会的セーフティネットの形成にも寄与することができるだろう。

このようにオープンデータを有効に活用すれば、これまでの既存の行政の仕組みや政策のあり方を転換するような様々な社会経済効果が期待できるのである。

3さいごに

オープンデータを有効に活用すれば、これまでの既存の行政の仕組みや政策のあり方にイノベーションが起こり、様々な社会・経済的な効果が期待できるということを書いてきた。おそらく、その前提になっている現況認識―例えばインターネット広報の重要性とか、地域住民との協働・共創の必要性、また新たな仕組みによる地域経済の活性化が求められているなど―については、本市の職員であれば、誰もが異論のないところであろう。

しかしながら、オープンデータの推進が、本当にこれらの課題を解決するために確実に有効な政策であるかどうかということになると、多くの職員が首をひねるかもしれない。

日本の大都市においては、オープンデータ活用による成功事例や実績がいまだ存在していない。従って、この論稿で掲げたオープンデータの活用による様々な社会・経済的な効果も、あくまでも可能性と期待値の範囲に留まっている。少し砕けた言い方をすれば、オープンデータとは、いまだ自治体にとって、海のものとも山のものとも知れない得体のしれない政策なのだ。一方で、今号の調査季報を丸ごと一冊、熟読して頂ければオープンデータが、いかに自治体にとってロマンと資源に満ちた新大陸であるか、ということは理解できるはずだ。あとは、西欧人としてアメリカ大陸を最初に発見したコロンブスのように新大陸に向けて出航するか、しないかの決断だけである。

これまで、幕末開港以来、あらゆる時代を通じて、既成概念を打ち破る取組をしてきた横浜市のことである。サンタ・マリア号に乗らない手はない。

 

(注1)マッシュアップ

ウェブ上の複数の情報やサービスを組み合わせることで新たな活用やサービスを創出すること。

(注2)横浜市のこれまでの取組

①    オープンデータ流通推進コンソーシアムへの参加(平成24年9月~)

②    電子行政オープンデータ実務者会議への委員参加(平成24年12月~)

③    民間団体の取り組みに対する支援(平成25年1月~)

④    職員研修の実施(平成25年3月、9月)

⑤    オープンデータ推進プロジェクトの設置・検討(平成25年5月~)

⑥    日本マイクロソフト㈱との連携を拡大(平成25年7月)

⑦    かなざわ育なびnetの開設(平成25年8月~)

⑧    総務省のオープンデータ推進のための実証実験への協力(平成25年9月)

(注3)ゲーミフィケーション

ゲームの仕組みを他の分野に活用することで、ゲームのように人を夢中にさせる要素を持たせること。

(執筆  関口昌幸  政策局政策課担当係長)

ライター紹介

LOCAL GOOD YOKOHAMAは、まちでコトをつくりたい、人とつながりたい、課題を解決したいと考えている市民のみなさんのICTプラットフォームコミュニティ。みんなが情報やコミュニケーションでつながり、人が集まることで何かがはじまる場をつくり、コミュニティや活動がこれからも続くキッカケをデザインします。まちの課題や問いに対して「自分ごと」として新たな一歩を踏み出し、まちの未来をより良くするアクションを 「LOCAL GOOD」と名づけました。 さまざまな地域課題に向き合う「ローカルグッドプレイヤー」とともに、共に考え、語り、取材をすることは、新たな視点や経験を得る貴重な体験です。取組を知り、現場でつながることは、おたがいの働く、学ぶ、暮らすを変えてゆくためのアイデアやアクションを生むためのイノベーションのヒントになります。地域のプレイヤーが悩み、チャレンジする現場に足を運び、声に耳を傾け、みなさんの得意や関心に併せた役割を見つけてください。自らを知る、変えるチャンスを提供します。誰もが参加して応援できるローカルグッドサポーターが、はじまっています。 https://yokohama.localgood.jp/about/ LOCAL GOOD YOKOHAMA 編集部へのお問い合わせやご意見、取材希望や情報提供はこちらにお願いいたします。 localgood@yokohamalab.jp 

ニュース一覧へ戻る