2014.06.04
「社会的企業とは何か」という質問をいただくと、私は「社会的課題の解決に取り組むことを事業活動のミッションとし、収益を上げながらこれらの課題の解決を目指すものであり、その手段として新しい社会的商品・サービスや、それを提供するための仕組みを開発したり、活用したりするもの」と答えます。
すると、「それは分かるけれども、何が一般の企業と異なるか」と問われます。
それに対する答えの選択肢はいくつかあるのですが、おおむね「今活用されていない人材などを活用できるようにすること」とお話します。主婦、高齢者、障害者、路上生活者、ひきこもりやニートの人たちに社会参画の場を提供することでイメージしてほしいのですが、企業では株主や従業員などへの利益分配が重要課題であり、効率を考えればそうした人たちを雇い入れることを普通はあまり積極的にしませんね、と。
こんなふうに説明していたのですが、実は私自身がしっくりこないことが多かったのです。ところが、このところ、社会的企業の立ち位置を示すのに適していると感じる言葉にたびたび出会いました。それは「利他的である」ということです。
先日、アショカジャパン http://japan.ashoka.org/ が主催するイベントで、貧困層に安価に医療を提供する事業を行ってきたデヴィット・グリーン氏のお話を聞く機会がありました。「全ての人に医療を」という目標に向かって80年代から試行錯誤を繰り返して来たグリーン氏は、インドのアラヴィンド眼科病院のプロジェクト、バングラデシュでのグラミン眼科病院の設立、眼の疾患の検査と糖尿病の糖分モニタリングを安価で提供するクアンタム・キャッチ社の設立、ドイツ銀行と協力してこれらの取り組みへの資金提供を支援するアイ・ファンドの設立など、次々と新たなプロジェクトを進めています。
アラヴィンド眼科病院は、貧困層にも受診可能なように、所得に応じて料金に差を設けるビジネスモデルで成功しています。患者のうち、3分の1が無料で、もう3分の1は実際にかかる費用の3分の2程度を支払い、残りは実際に掛かる費用よりかなり高い額を払って手術を受けるというのです。これは、彼が立ち上げたオールラボ社が、製造コストの削減と流通戦略の工夫によって既存の市場に挑戦することで実現していきました。
グリーン氏のお話で興味深かったのは、医療業界の慣習を打ち破るためにどうすればよいのかということが、常に彼にとって上位の課題になっていることでした。
眼内レンズは約1ドルのコストで製造できます。オールラボ社は平気価格帯5ドルで提供していますが、競合他社は150ドルで提供しています。それだけ製品には中間マージンが多く発生しているのです。オールラボ社が価格競争を仕掛けることによって、他企業を巻き込んで価格が下げられ、結果としてインドにおける白内障手術の件数が格段に増加し、市場が拡大しました。競合他社にとっても利益を生み出す機会を提供したことになります。
オールラボ社は、さらに創傷縫合糸の開発に取り組みます。インド政府への大きな入札に臨みましたが、競合企業に負けたことがあったそうです。にもかかわらず、価格設定を武器に競争市場に変化をもたらしたことが自分たちにとっての勝利だったとグリーン氏は評します。彼らの目的は、「すべての人に医療を」であり、競争に勝つことが目的ではないからです。
彼の話の中で、ビジネスパートナーとなる人の要素として必要なのは、「利他的」であるということが、幾度となく挙げられていました。ビジネスセクターにいる意識の高い人は、ビジネスセクターの限界をよく知っている。その人たちに共通の目的をもって動いてもらえる機会をつくることが、グリーン氏いわく、技術者でも経営者でもない、特段のノウハウはもっていない自分のなすべきことだとも言っていました。グリーン氏は、この考え方をもって、補聴器、ペースメーカー、ソーラーエネルギー、網膜撮影などにも果敢に取り組んでいます。
成熟し切った経済社会で事業を立ち上げようとする時、自分の欲求や解釈を起点とする(=利己的である)よりも、課題を抱えた人たちのニーズに寄り添う(=利他的である)ほうが、ビジネスチャンスに気づきやすいと思うのです。日本でも、ライフネット生命などの業界の慣習を打ち破って顧客の利益に立つことで成果を上げている事例があります。社会的企業の成功のポイントは、「いつかは有名になるぞ!」という思いを越えたところにあるのだということをmass×mass関内フューチャーセンターなりに整理してお伝えすることが、社会的企業への理解者を増やすために急務だと考えています。
グリーン氏には、そうした利己的であることから来る壁とその乗り越え方の一例を素晴らしいプレゼンテーションで示していただき、私も自分がなすべきことを整理する機会を得ることができました。
社会的企業の担い手だけでなく、その伴走者である私もまた、利他的でありたいと思います。
1967年生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。
建設会社、日本NPOセンター、シーズ=市民活動を支える制度をつくる会スタッフを経て、2007年から起業家支援財団へ。2013年3月に同財団事務局長を退職。2010年12 月に当社取締役、2013年6月から現職。
NPO法及び認定NPO法人制度の創設及び改正に向けた運動、地方自治体におけるNPO支援策や企業の社会貢献プログラムの企画実施に携わる。財団では、 将来起業家をめざす大学生等を対象にした奨学金給付事業の立ち上げ、公益法人化を達成した。2010年度~2011年度、内閣府による地域社会雇用創造事 業の一環で、iSB公共未来塾および社会起業プランコンテストを実施している。2012年度は、新しい公共支援事業(神奈川県)の委託事業として、 YSB(ヨコハマソーシャルビジネス)スクールを実施。
これら事業と併行して、2011年3月のmass×mass関内フューチャーセンターの立ち上げ、施設運営に携わる。
神奈川県総合計画審議会評価部会委員(2002年度~)、東京都新しい公共事業運営委員(2011年度~)、横浜市市民協働推進委員など。東京都足立区出身、横浜市在住。
mass×mass関内フューチャーセンター : http://massmass.jp/
iSB公共未来塾・横浜 : http://www.isb-yokohama.org
YSBスクール : http://ysb-yokohama.org/
LOCAL GOOD YOKOHAMAは、まちでコトをつくりたい、人とつながりたい、課題を解決したいと考えている市民のみなさんのICTプラットフォームコミュニティ。みんなが情報やコミュニケーションでつながり、人が集まることで何かがはじまる場をつくり、コミュニティや活動がこれからも続くキッカケをデザインします。まちの課題や問いに対して「自分ごと」として新たな一歩を踏み出し、まちの未来をより良くするアクションを 「LOCAL GOOD」と名づけました。 さまざまな地域課題に向き合う「ローカルグッドプレイヤー」とともに、共に考え、語り、取材をすることは、新たな視点や経験を得る貴重な体験です。取組を知り、現場でつながることは、おたがいの働く、学ぶ、暮らすを変えてゆくためのアイデアやアクションを生むためのイノベーションのヒントになります。地域のプレイヤーが悩み、チャレンジする現場に足を運び、声に耳を傾け、みなさんの得意や関心に併せた役割を見つけてください。自らを知る、変えるチャンスを提供します。誰もが参加して応援できるローカルグッドサポーターが、はじまっています。 https://yokohama.localgood.jp/about/ LOCAL GOOD YOKOHAMA 編集部へのお問い合わせやご意見、取材希望や情報提供はこちらにお願いいたします。 localgood@yokohamalab.jp