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【レポート】「アントレプレナーシップとは、生きることそのもの」。横浜市大懇談会で起業教育を紹介

 

ビジネスのパワーで地域課題を解決するために、大学教育は何ができるのでしょうか。横浜市立大学は3月16日、みなとみらいサテライトキャンパスにて、同大学の「アントレプレナーシップ教育」を紹介する記者懇談会を開催しました。

懇談会では、横浜市大のアントレプレナーシップ教育を牽引する芦澤美智子准教授や、実際に起業した学生、またビジネスコンテストで受賞した学生によるプレゼンテーションを実施。大学発の起業家を育成するヒントが垣間見えた様子をレポートします。

 

新たな社会を創造する大学のリーダーになろう

 

 

芦澤准教授や学生によるプレゼンテーションに先立ち、小山内いづ美理事長の挨拶、中條祐介副学長が横浜市大の教育の特徴について説明しました。

横浜市と距離が近い点を大学の特徴としてあげた小山内理事長は、起業家教育について「起業を街の活性化と支援に繋げていただきたい」とコメント。また、「交流都市提携を結ぶ企業や、友好交流都市などと連携をして起業のタネをまき、道が開かれれば」と、他のセクターと協働して起業を促進していくことに期待を寄せました。

中條副学長は横浜市大の教育の重点に、少人数教育やきめ細やかな学生支援を強調します。その特徴を生かす形で2010年から導入されたのが、学生主体の起業家教育です。第2期にあたる2016年以降は、学生自らがビジネスプランを作り、発表するまでの一連のプロセスを体感させる実践的なカリキュラムを組んでいます。中條副学長は、起業家教育を通じて「地元経済に貢献するとともに、パッションを全面に出せる市大生を輩出していく」と話しました。

大学の理念であるYCU(Yokohama City Unnivercity)ミッションでは「​​新たな社会を創造する大学のリーダーになろう」というメッセージを打ち出している横浜市大。地域との強いつながり、教授ひいては大学と学生の密接な交流を持ち味として、アントレプレナーシップを持ったリーダーの育成に期待が集まります。

 

現場でアントレプレナーシップを磨く

 

 

続いて、実際に授業で起業家教育の教鞭を執る芦澤美智子准教授が登壇し、これまでの学生へ向けたアントレプレナーシップ育成の取組を紹介しました。

産業界での実務経験を経て研究者となった芦澤准教授が重視するのは、「現場で視点を広げる」機会です。キャンパスだけでなく現場を学びの場として捉え、学生を学外に出す取組を数多く実施してきました。

フィリピンのセブ島で現地のスラムに住む若者と行った起業体験プログラムや、NPO法人「AozoraFactory」の立ち上げはその代表例。「大学の外に出て自分たち以外の視点から考えること、社会人とガチンコでディスカッションをすることがいかに学生を育てるかに気づいた」と芦澤准教授は話します。

 

社会にインパクトを残す学生を

 

起業は学生自身のみならず、国の経済的側面に与える影響も計り知れません。日本よりもスタートアップ・エコシステムが形成されている中国やアメリカからGDPは年々引き離され、各企業の時価総額を見てもアメリカのGAFAや中国のテンセントなどと比べ日本の企業は桁も違い、設立年度も圧倒的に古い傾向にあります。

創業行動指数や起業に対する知識能力が低い点も日本の特徴であり、これに対して芦澤准教授は、「厳しい言葉で言えば、大部分が大学の教育に責任がある」と危機感をあらわにします。

起業家教育の重要性を痛感する芦澤准教授は、「学生自身がやればできると思える気持ちを育て、社会が挑戦することをエキサイティングだと伝えなければならない」と考え、横浜市大で体系立った講義を組み立てました。

まず、学部1年生を対象とした講義で実際の起業家を招き彼らの話を聞くことで、マインドセットを醸成。次に実践教育としてビジネスアイデアを考案し、それをビジネスコンテストで発表するまでの一連の流れをサポートする講義を展開しています。講義の中には、三井アウトレットパークを教室に、プロジェクトを発想するものもあります。

芦澤准教授は「学生に機会を与えると、自分達視点でさまざま考えるようになり、それが社会的インパクトを与える楽しさを体感してほしい」と、自分ごと化できる機会の創出を強調しました。

 

大学から街へ

 

2021年度以降、芦澤准教授は大学で手がけた教育を街に広げた取組を行っています。一大学では資源が足らない状況が起こり得ますが、産学官が連携し資源を補完しあうことで街としての起業家教育が見込めます。そうして神奈川4大学の協力のもと立ち上げられたのが、「YOXOカレッジ」です。

YOXOカレッジは社会を変革するイノベーターを育成するプラットフォームで、さまざまな分野の専門家の講座を受講したり、同志や相談し合える仲間との出会いの場を提供する街の大学を目指しています。

「個別の組織を越境し、連携していく「地域共創」が街の発展に重要になってくる」と展望を掲げ、大学の外でも起業家教育を発信していく姿勢を示しました。

芦澤准教授は発表の最後に、バージニア大学サラスバシー教授の言葉を引用し「アントレプレナーシップとは、生きることそのものです。不確実性が大きい時代の中で、自分を、国をどうしていきたいのか考えて、全ての人に取り組んでいただければ」と締めくくりました。

 

ビジネスコンテスト出場で見えた起業の可能性

 

 

では、学生側は起業家教育がベースにある授業をいかに昇華しているのでしょうか。はじめに登壇したのは、横浜市立大学3年の服部諒さんです。服部さんは2021年前期に「キャンパス起業体験実習」を受講し、その授業で作成した事業計画書をもとにビジネスコンテスト「第18回キャンパスベンチャーグランプリ東京大会」に出場し、見事奨励賞を受賞しました。

キャンパスベンチャーグランプリは学生を対象とするビジネスコンテストで、第18回大会は過去最高となる225件の応募があり、服部さんはその中でファイナルの10件まで勝ち上がって受賞とのこと。起業に対する並々ならぬ思いが以前からあったように思われますが、起業、経営といったキーワードに興味を持ち始めたのは事業計画書を作成した講義がきっかけだと話します。

それまで海外留学を希望していた服部さんは、コロナ禍の影響で渡航を断念、代わりに何か打ち込めるものを探し、起業のプロセスを実践的に学ぶ「キャンパス起業体験実習」を受講しました。この講義では、自身の考える社会課題にフォーカスして簡単な事業計画書を作成し、ビジネスコンテストに出場することを目標としています。服部さんは、授業中に経営者と事業の壁打ちをしていくうちに「次第に起業に興味を持つようになった」と当時を振り返りました。

 

原体験をビジネスに落とし込む

 

さて、服部さんがビジネスコンテストで提案したのは、「木、子ども、地域を育てる」をテーマにした植林活動のビジネスです。大きなビジネスの流れとして、はじめに服部さんの故郷である岐阜県高山市に住む親子がタネを拾い、そのタネを横浜市の親子が苗木に育てます。育った苗木の一部は再度高山市に戻り、高山市と横浜市の親子が植林活動を行います。

岐阜県高山市出身の服部さんは、大学進学とともに横浜市へ移住後、都市部と地方部で自然との距離感や環境問題に対する意識に大きな隔たりがあると痛感しました。そこから横浜の子どもたちに自然の遊び場を提供したい、自分ごととして環境について考えるきっかけになって欲しい思いから着想された事業が、この植林活動です。

ビジネスコンテストでは、「自身の経験に紐付けたストーリー性と熱意を高く評価された一方で、木を扱う性質上短期での収益が望めない点を指摘された」と語りました。また、「個人ワークで作成した計画書のため仲間がおらず、同志を見つけるのが課題」としています。

 

ビジコン出場は自己分析の絶好の機会

 

ビジネスコンテスト出場を終えた服部さんは、「そもそも出場に至ったきっかけが大学の講義であり、そのハードルの低さが良かったと思っています。また、事業を策定する過程で自分がどんな価値を社会に提供できるかを深掘りしたことで、過去の振り返りやどんなことに関心があるのかを分析できました」とコメントしました。

横浜市大の1授業に始まり、全国から学生が集まった大会で奨励賞を受賞した服部さん。来年度は福島県田村市へ1年間インターンに赴き、自身が考案したビジネスの実現に向け活動していくとのことです。

 

アイデアを形にするために起業。StockBase

 

懇親会の最後に登壇されたのは、横浜市大発のスタートアップ「株式会社StockBase」のお二人、関芳美さんと菊原美里さん(ともに横浜市大4年)です。数々のビジネスコンテストで好成績を収め、2021年の創業以降も事業を深化させ続けている2人の起業家が、起業に至る経緯や今後のプランについて共有しました。

StockBaseは、備蓄食や日用品のマッチングサービスを手がけるスタートアップです。物品を有効活用したい企業と、それを受け取りたい地域の団体をつなげることでそれまで廃棄されていたモノを有効活用する仕組みを形成し、「豊かさを分かち合える社会」を目指しています。サービス開始から8ヶ月余りで約43トンの備蓄食を有効活用してきました。

 

普通の大学生から、起業家に至るまで

 

 

2年生まではそれぞれサークルや学園祭の実行委員に励み、起業したいと思ったことのない普通の大学生だったと語る関さんと菊原さん。現在進めるビジネスアイデアの源泉となったのは、あるボランティア活動での経験でした。

廃棄予定だった大量の余剰カレンダーを高齢者施設に運ぶボランティア活動に参加したところ、予想に反しカレンダーは高齢者から大人気。カレンダーは捨てられて仕方ないと考えていたのが一転し、「誰かにとって不要なものは誰かにとって欲しいもの」との気づきを得たそうです。

その後、芦澤准教授が開講する「起業プランニング論」にて起業のプロセスを体系的に学び、チームでアイデアを育てていったところ、出場した3つのビジネスコンテストで入賞。

ここでおふたりは、「ビジネスコンテスト入賞で終わっていいのか」と自分達に問いかけたそうです。アイデアをブラッシュアップするために何度も現場に赴き、そこで見えてきた課題を解決したいところに本質があると確信した関さんと菊原さんは、アイデアを形にする手段として起業を選択、創業へと至りました。

 

モノと思いが循環する社会を目指して

 

大企業からも利用され、一見順調に事業を運営しているStockBaseですが、「顧客とのやりとりを通じて見えた新たな課題もある」と関さんは話します。

それは、「美味しくない備蓄食が寄付されている」ことによる受け取り側の心理的負担です。「質の低い備蓄食に頼る私たちは貧困層なんだ」と消費者があらぬ攻撃に突きつけられる現状を脱却するために、StockBaseはただ備蓄するのではなく、食として消費されることを重視した備蓄を促進していく、と今後の展望を語りました。

プレゼンテーションの最後は、起業するまでに苦労したことや経験して良かったことを赤裸々に語るセクション。

菊原さんは、「サービスの作り方はもちろん、経理や法務など何も分からないまま起業したので、一つひとつ自分達で調べ対応していくことが大変でした。ただ、授業にとどまらず起業後は営業同席までしてくださった芦澤先生の支援は非常に大きかったし、また初めて食料品を配布する際にキャンパスを会場として提供してくださったのは横浜市大。多くの人に支えられて歩んでこられたと実感しています。」と話しました。

関さんは大学の広報やボランティア支援室からも援助をいただいていると振り返り、「共感の輪を私たちの力に変えて、これからも共感され続ける企業を目指して活動していきます。」と、2期目となる2022年度に向けて決意を示しました。

 

おわりに

横浜市大が取り組む起業家教育に焦点を当て、教員と学生の両側からその意義を探った今回の記者懇談会。学生主体の授業では現場の空気感を味わうことでアントレプレナーシップを育み、さらに教育の範囲を大学の外に出すことで街を包含したイノベーションが創出されると期待が高まりました。

発展途上である日本の起業家教育を、横浜市大、そして横浜に住むすべての人々がこれからいかに底上げしていくのか。今後もアントレプレナーシップを備えた横浜市民の取り組みに注目していきます。

ライター紹介

2001年生。神奈川県在住。横浜市立大学国際商学部に在学。起業家人材論ゼミに所属し、起業家精神やスタートアップ・エコシステムの分野を学習している。趣味はラジオやPodcastなど音声メディアの視聴。自称「感化請負人」。ライティングの関心分野はローカル・コミュニティや環境保護活動。

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