皆さんは「専ら物(もっぱらぶつ)」という言葉を聞いたことがありますか。
私たちが日々の生活の中で排出する可燃ごみや大型ごみなどの資源物のうち、再生利用が目的となる紙、鉄、びん、布の4品目を合わせて「専ら物」といいます。
地球の資源枯渇や温暖化など環境問題に対する具体的な取り組みが急がれるなか、横浜市で地域に密着し「専ら物」の回収を通じて持続可能な循環型社会の形成に尽力しているのが「横浜市資源リサイクル事業協同組合」です。今回Circular Yokohamaでは、同組合より栗原清剛さん、加藤舞香さん、島川健一さんにお話を伺いました。
限りある資源を環境に配慮した形で循環させていく取り組みは地球に優しいだけでなく、横浜で暮らす人々にも様々なつながりと感動を与えるサーキュラーな仕組みであることがわかりました。
環境絵日記
子どもを通して大人も動かすコミュニケーションデザイン
まだ「リサイクル」という言葉も今ほど社会に浸透していなかった2000年にはじまった「環境絵日記」の取り組み。今回取材に伺った栗原さんは、プロジェクトの委員長を努めています。
栗原さん「環境絵日記は、学校の夏休み期間を使って子どもたちが家庭で家族と共に環境問題について考え話しあう機会になっています。この取り組みを通じて、子どもたちが正しい環境知識を育んでいくことを願って毎年開催しています。」
2019年環境絵日記 受賞作品
この環境絵日記の取り組みは、子どもたちだけでなく家族みんなを巻き込んで環境問題について学んでいくコミュニケーションデザインになっています。
栗原さん「普段の生活ではあまり意識していないようなことでも、例えば子どもから環境問題やゴミの分別について質問をされたら、大人は『知らない』と無視することはできません。そこで、親も子どもと一緒になって環境問題について学べる機会を提供しています。」
環境絵日記を通じて生まれる物語
横浜市内で地域との連携を強め、子どもたちの思いや考えを取り入れたいという企業の協力もあり、初めは1000点程度だった応募数が昨年2019年度には1万8975点にまでのぼっています。そして、20年続いてきた「環境絵日記」の取り組みからは数多くの物語が生まれています。
栗原さん「環境絵日記20周年の絵日記展では、以前に環境絵日記を描いた卒業生たちがパネルディスカッションを行いました。そのなかには、環境絵日記の取り組みをきっかけに環境問題に関心を持ち、今では環境問題解決に向けた活動をしている大学生や、教師になって子どもたちに環境問題についての教育を行なったり環境絵日記の活動を広めたりしているという卒業生もいました。環境絵日記の取り組みが子どもたちの成長に影響を与えているということを実感し、この活動の意義を再確認しました。」
島川さん「絵日記を応募してくれた子どもたちの通う小学校の朝礼に伺って、表彰式をさせていただくこともあります。実際に絵日記を書く生徒さんとそれを受け取る我々や協賛企業が交流できる機会はとても貴重です。」
20年以上にわたる開催で年々応募数が増加している取り組みですが、新型コロナウイルスの影響による学校の長期臨時休業を受けて、2020年度の「環境絵日記」は中止が決まっています。
栗原さん「今回の中止は非常に残念でなりません。しかしながら、協賛企業さまからは中止という判断に対し反対の声が聞こえるくらい、みなさんが毎年子どもたちの絵日記を読むことを楽しみにされていたということがわかり、とても感動しました。」
20年という年月の中で、子どもたちの作品にもたくさんの変化がありました。東日本大震災の経験やSDGsの登場、そして今回の新型コロナウイルスと大きな出来事を経験するたびに社会的なメッセージも変化していきます。そういった様々な変化の中で、絵日記を通して子どもたちの成長や地域社会の成長を見守ることができるこの取り組みを、これからも続けていきたいです。」
横浜リユースびんプロジェクト
横浜リユースびんプロジェクトとは、使い捨て飲料ボトルや瓶の利用をできる限り減らし、その代わりにリユースびんの流通量を増やすため、「地域循環」と「地産地消」をテーマに、飲料の企画販売を行っているプロジェクトです。このプロジェクトを担当する加藤さんにお話を伺いました。
リユースびんとリサイクルびんの違い
加藤さん「現在市場に出回っているびんには、いくつか種類があります。
現代社会で一般的なのはワンウェイびんと呼ばれるリサイクルびんです。一度使われたものは回収後、びんの色ごとに選別されます。そして一度砕き小さくしてから溶かし、形を変えて新しいびんを作る工程を経て循環しています。
一方、かつて日本で主流だったのはリユースびんです。その中に調味料やお酒を入れて販売され、使い終わって中身が空になったびんは回収と洗浄を経て、形を変えることなく中身を入れ替えて再び消費者の元に渡っていました。」
横浜市資源リサイクル事業協同組合では、リユースびんに着目しびんの地域循環と地産地消をテーマにした地域密着型環境保全プロジェクト「横浜リユースびんプロジェクト」に取り組んでいます。
プロジェクト専用のリユースびんのデザインはもちろん、中に入れる飲料の企画から商品の販売、空き瓶の回収、洗瓶、そして再利用までを横浜市内の事業者が担っています。
横浜のリユースびんは市場を横浜市内に絞ることで運搬距離を短くし、CO2の排出量を削減しています。さらにワンウェイびんと比較すると、1000本のびんを2回使用した時のCO2の排出量は約半分、1000本のびんを4回使用した場合ではCO2の排出量は約4分の3になります。
横浜から始まるリユースびんの新たな文化
しかしながら、今はプラスチックのペットボトルや紙パックの使用量も増えており、びんの使用量自体も減っているのが現状です。そんななか、なぜ横浜市資源リサイクル事業協同組合ではリユースびんプロジェクトに取り組んでいるのでしょうか。
加藤さん「びんの流通量は著しく減少しており、今では全盛期の3割程度にまで減っています。以前は、リユースびんの回収に協力してくださる酒屋さんを地道に探したりもしていましたが、リユースびんがなくなっていく速度は想像以上に早いものでした。横浜市資源リサイクル事業協同組合の組合員でもある寺西リーダーも、そのような状況でびん商として仕事を続けていくことは難しいと感じていました。(リユースびんを回収し運搬する業をびん商といいます。)そんなとき、2014年の環境絵日記の応募にあった一人の小学生の絵がきっかけとなり奮起し、寺西リーダーを委員長に横浜リユースびんプロジェクトが立ち上がりました。」
ここでも、「環境絵日記」の取り組みが社会に大きな変化を与えています。きっかけとなったその絵には、一つのびんでも中身を変えて様々なものを詰め替えながら循環させることで地球に優しい取り組みになる、と書かれています。
リユースびんプロジェクト発足のきっかけとなった環境絵日記
この絵をみて栗原さんたちは大人として、子どもたちのメッセージを実現する責任を感じたといいます。
栗原さん「子どもたちの存在は私たちの活動に本当に大きな影響を与えてくれます。この絵が横浜にリユースびんの新たな文化を作りたいという私たちの思いに火をつけました。」
リユースびんの回収率を高めるために
こうして動き出した「横浜リユースびんプロジェクト」でしたが、その道のりは決して平坦ではありませんでした。
加藤さん「リユースびんを正しく循環させるために一番重要なのは、回収のプロセスです。そこで、消費者の方々が『早く回収に出したい!』と思えるようなびんをデザインすべく、びんには大きく『リユースびん』と刻印し、『ちょいダサ感』を演出する工夫を施しました。
それから地域のスーパーマーケット協力のもとリユースびん入り飲料を販売し、びんを返却すると福引のおまけが付くという取り組みを、1週間試験的に実施しました。店頭ではリユースびんのコンセプトや回収の重要性を訴えた上で販売をしましたが、結局リユースびんの回収率は2割程度にとどまりました。
びんは資源回収に出せば再びリサイクルびんとして生まれ変わることから、多くの方にとって問題意識につながりにくいという面があるかもしれません。しかし、リユースびんは資源回収に出されるワンウェイびんよりもずっと環境に優しく、利点がたくさんあるということを広める必要があります。」
また、今回のプロジェクト用に施したオリジナルデザインのびんは少量生産のため、原価も決して安くありません。リユースのプロセスの中でも回収の部分が徹底されなければ、リユースびんが本来持つ地球に優しい機能は働かないのです。
現在は、使用済みびんの回収率を100%に近づけるため、小売店ではなく横浜市内の飲食店と提携しリユースびんの利用を進めています。
農家も学校も一丸となって地産地消を実現する
またリユースびんのプロデュースでは、びんの機能やデザインだけでなく中身となる飲料にもこだわって、地産地消の仕組みを生み出しています。
加藤さん「リユースびんの使用を促す上で、びんの中身の質の向上は欠かせません。ほとんどの場合、消費者がびん入りの商品を購入する際に考慮することはびんのデザインではなく、その中身が魅力的かどうかです。そこで、市内の農家の方々にもプロジェクトに加わっていただき、横浜産の貴重なブランド果物を使った飲料を開発しました。」
さらにプロジェクトを市民にとってより身近なものにするため、市内の小学校での「出前講師」の活動にも取り組んでいます。
加藤さん「実際に小学校へ出向き、授業の時間を使ってこども等に地産地消やリユースびんの取り組みについて話をすることもあります。授業後、子どもたちには学んだことをポスターに書いてもらい、それを『環境絵日記』の展示会で絵日記と共に展示しました。そして、展示を見た方々の投票で選ばれた作品を、リユースびん入り飲料の取扱店舗に飾っていただいています。」
このポスター掲示のアイデアから、とてもユニークな循環が起きています。
栗原さん「飲食店に掲示された子どものポスターを一目見ようと家族みんなで来店したり、仕事帰りのお父さんたちが立ち寄ってくれたりしています。飲食店にとっても、新しいお客さんを迎え入れる機会になっています。子どもの描いたポスターを見ながらリユースびん入り飲料を飲んで、親御さんも清々しい気持ちになっていると思います。」
環境教育と飲食店の集客という一見関係のなさそうな課題をあえて掛け合わせてみることで、みんなが笑顔になる相乗効果が生まれています。
循環の小さな輪を点在させたい
このように複数の取り組みをリンクさせることで、地域に密着した循環型のプロジェクトを形成してきました。この「横浜リユースびんプロジェクト」では、横浜の地域内での小さな循環にこだわっているといいます。
加藤さん「このプロジェクトを進めるにあたって、横浜市内で『循環の小さな輪』を点在させたいと考えています。輪を大きくしていくこともできますが、あえて小さな輪を増やしていくことで環境の負荷も小さく、地域社会ごとのつながりを強めていくことができます。」
その小さな循環の一つとして、横浜市資源リサイクル事業協同組合では、市民が3Rに関する情報に気軽に触れることができる季刊誌フリーペーパー「Rd(リサイクルデザイン)」を刊行しています。
栗原さん「横浜市内の企業や、自治体、町内会等定期購読をしてくださっている方々を中心に、毎号約5万部をお届けしています。これまでに280号の歴史があり、毎回組合員が終業後に集まって企画や編集の会議を行っています。ライターの方々の助けや市民からの意見を取り入れながら、毎号発刊を楽しみに取り組んでいます。」
横浜における資源回収の状況
コロナ禍で再認識する資源回収の責任
新型コロナウイルスの影響で家で過ごす時間が増えたため、横浜市内の資源やごみの回収状況にも変化がありました。
栗原さん「コロナ禍で、家庭から出される資源物の量は大きく増加しました。例えば紙類や布類では、年度末だったこともありいつにも増して回収量が嵩んでいます。しかしその一方で、これまで頼っていた資源の海外輸出がウイルス感染拡大の懸念からできなくなり、さらに事業を閉鎖する資源物処理業者も現れました。我々業界では今、増大する資源物が行き場を失うことのないよう、懸命にカバーしているところです。また、缶・びん・ペットボトルにおいても発生量が増えており、スタッフが残業や休日出勤をしてなんとか間に合わせています。事業ごみに関しては、私たちが主に扱っているびんの回収量に大きな変化がありました。居酒屋さんの臨時休業はもちろん結婚式等の宴会も中止が相次いだため、緊急事態宣言下でのびんの回収は、コロナ前と比べ8割〜9割減でした。外出自粛が解除された5月中旬以降も約4割減と、回収業者にとっては悩ましい状況が続いています。」
新型コロナウイルスによる厳しい状況の中で、市民の暮らしを支える事業者の一人としてその責任を再認識しているといいます。
栗原さん「資源回収は生活に必要不可欠でありながら、このコロナ禍で事業が立ち行かなくなってしまうのではないかという不安を感じています。また、回収業者の中には回収した資源からウイルス感染への恐れも広がっていて、改めて自分たちが危険な仕事に従事しているということに気がつきました。それでも、市民の皆様からの感謝の言葉を受けて、私たちがインフラの一部を担っているのだと自負しています。」
行政と市民の架け橋となる
新しい生活様式の実践と共に、これからも横浜市民とのつながりを大切に活動を続けていきたいと話す栗原さん。
栗原さん「横浜市資源リサイクル事業協同組合は『行政と市民の架け橋になる』という理念を忘れず、横浜の資源物やリサイクルに関する活動をリードしていく存在でありたいと思っています。同時に、市民の皆様へ我々の活動を発信し続けることも大切にしたいです。『環境絵日記』や出前講師、組合の古紙リサイクル施設やサイクルポート山ノ内の見学会など、これまで行ってきた活動の継続を図りながらウィズコロナの社会でどのように市民の皆様と関わっていくことができるのか、組合員とともに考え続けたいです。
特に『環境絵日記』の取り組みは、今後も継続できるよう力を尽くしたいと考えています。子どもたちのメッセージは社会にとって役立つものばかりです。そのメッセージを実現するという使命を果たすために、支えてくださる協賛企業の皆様と共に子どもたちの成長を見守り続けていきたいです。」
(向かって左から)島川さん、加藤さん、栗原さん
編集後記
今回取材を行ったメンバーの中にも横浜出身者がおり、学校で学んだ横浜の環境への取り組みの知識が今も活きているという実体験や、実際に小学生の頃「環境絵日記」へ応募した際のエピソードなどで盛り上がる一幕がありました。「環境絵日記」が社会に与える影響を垣間見て「これだから、環境絵日記の取り組みはやめられない」という栗原さんの言葉に、改めて横浜市資源リサイクル事業協同組合の皆様の活動が持つ無限の可能性を感じます。
コロナ禍で厳しい状況にある全国の資源回収業者の方々に感謝すると共に、地球環境に優しい資源の利用を心掛け、日々の生活を見直したいと考える時間となりました。
【参照サイト】リサイクルデザイン:横浜市資源リサイクル事業協同組合
【参照サイト】「環境絵日記」
※本記事は、横浜のサーキュラーエコノミー推進メディアプラットフォーム「Circular Yokohama」からの転載記事となります。