2020.08.01
新型コロナウィルス感染症の影響により多くの飲食店が経営に大きな影響を受けているなか、国土交通省は今年の6月5日、飲食店支援に向けた緊急措置としてテイクアウトやテラス影響などのための道路占用の許可基準を緩和した。
この規制緩和を受けて、コロナ禍における新たな生活様式とまちづくりの実験にいちはやく動き出したのが、横浜だ。横浜・関内にある桜通りでは7月15日、車道の一部を通行止めにして道路にテラス席を設置し、近くの飲食店のテイクアウトを利用できるようにする「かんないテラス」が開催された。お店を道路まで拡張し、3密を避けながら飲食を楽しめるようにするという新しい生活様式の実証実験だ。
夕方17時から20時まで行われた実証実験では、毎月第三水曜日に開催されている地域食堂「さくらホームレストラン」も同時に開催され、テイクアウトでタコライスが提供された。また、近隣の焼き肉店や焼き鳥店などもテイクアウトに参加し、当日はあいにくの天気にも関わらず近隣から多くの人々が集まり、桜並木に囲まれた道路がにぎわいを見せた。
「かんないテラス」は、横浜・関内のエリアマネジメント団体である関内まちづくり振興会や地元の町内会組織、そして関内にオフィスを構える建築デザイン事務所のオンデザインパートナーズらが中心となって実行委員会を結成し、1か月以上にわたり警察協議や道路協議を重ねた結果として実現したものだ。委員会には横浜市の各担当部局も名を連ねており、まちで暮らす住民や、そこで働く事業者、飲食店、行政らが一体となって企画を作り上げた。
企画の発端は、6月2日に開催されたオンラインイベントだった。現在関内では、地域の市民や事業者、行政らが一緒になって地域課題の解決を目指す「関内リビングラボ」の立ち上げ準備が進められている。その関内リビングラボの公開トークイベントのなかでコロナ禍における公共空間の活用について議論が交わされるなか、関内まちづくり振興会の理事を務める後藤清子さんが実証実験への協力を呼びかけたところから企画がはじまった。
コロナの影響で人が集まる場がリアルからオンラインへと移行したことで、地域を盛り上げてきたキープレーヤー同士がこれまで以上につながり、結果としてリアルなまちににぎわいを生むためのクリエイティブな企画が生まれ、まちに実装されたのだ。まさにコロナ禍だからこそ実現したユニークなまちづくりの事例だと言える。
国による道路利用の規制緩和を受けての新たな取り組みは全国で始まりつつあるが、後藤さんは「かんないテラス」のユニークな点はその運営主体にあると語る。
「かんないテラスでは、関内地区の連合町内会の方々が主体的に実行員として参加してくださいました。全国的に道路利用は商店街が主体となっていることが多く、町内会が入っているのは珍しい。飲食店だけではなく、そこで暮らす市民も同じように危機感を感じて、関内を路上から盛り上げていこうという流れを起こせたのがよかったです。関内から新しい社会の仕組みを提案できたのかなと思います。」
オンデザインパートナーズの代表を務める西田司さんも、町内会が主体となっていたことが企画実現の秘訣だったと語る。
「今回一番大きかったのは、まちづくり振興会が実験をやろうとなったとき、町の人たちがとても応援してくれたという点です。今回の企画は飲食店の人々が声を上げてゼロからやろうと思っても難しかったと思います。まちづくり振興会の取り組みとしてはじまり、道路協議も警察協議もそのメンバーでやったから、飲食店はそこに乗ればよいという状況ができた。このスタートラインがすごくよかったと思います。」
今回の実証実験に向けて関内まちづくり振興会が4月に実施したアンケートでは、9割以上の店舗がコロナ禍によって売上が下がり、7割以上の売上減となった店舗もあったという。ただでさえ経営難で余裕がなくなるなかで、飲食店らが主体となって行政とも協議を進めていくのは大変だ。
かんないテラスは、飲食店だけではなくそこで生活しているまちの人々も同じように危機感を持ち、飲食店支援に加えてコロナ禍により縮小しつつある市民活動をどのように盛り上げていくかという視点から道路の活用を検討したからこそ、1か月という短い準備期間でも実現に至れたのだ。
また、今回の企画を語るうえで欠かせないのが、まちづくりのプロであるオンデザインパートナーズに在籍する若手メンバーたちの存在だ。かんないテラスの企画、設計、当日の運営には同社の若手社員10名以上が関わり、企画のブランディングに向けたロゴやチラシの作成、テラスを訪れた人が企画の一部になれる仕掛けづくりなどを手がけた。
イベント直前に開催されたオンライントークイベントのなかで、今回の企画に携わったオンデザインパートナーズの松井勇介さんは、「関内のまちを歩いていると、個性的なお店や人に出会う機会があります。建築の面白いところは、気軽に会った人とのちょっとした会話が発展して、大きな場づくりにつながったりするところ。建築の面白さと関内の面白さをマッチングしていけるとよい」と話した。
また、同じく同社若手メンバーの千代田彩華さんは、普段は関内を通り過ぎるだけだった人がまちに関わるきっかけを作れるようにと、かんないテラスのロゴとして作成したさくらを壁やロープにかけ、その裏側にメッセージを書き込める仕組みも用意した。
千代田さんは、「私も関内に来て3年目ですが、お店に入って話したり、すれ違った人と話したりするのも楽しい。すごくラフにまちの未来を語り合えるような場が路上に展開され、もっと皆さんが出会えるような場所を作れるとよいなと思います」と話した。関内まちづくり振興会の後藤さんによると、こうした若手メンバーらの活躍は、町内会の年配の人々からも非常に好評だったという。
同会の会長を務める秋山修一さんも、これまで地元のシニア勢を中心に取り組んできた活動に若手のメンバーが加わったことで、新しいまちづくりの形が見えたと話す。
「若いメンバーの考え方はすごく勉強になりました。昔から地元にいる人に加えてこれからを担う若い人がうまく連携し、まちを盛り上げていくのという一つの理想の形が今回見えました。今まではまちづくり振興会だけで一生懸命やっていましたが、若い人にお願いをしながらやっていくことが次につながる要素となるのではないかと思います。」
秋山さんは、「今回の実験による反省も踏まえたうえで、関内にあったやり方を模索しながらあまり遅くないうちに第二弾、第三弾の企画を進めていきたい」と話す。
「かんないテラス」はあくまで実証実験の位置づけで、通行止めをしたエリアも桜通りの一画と路地の一部に限られた。今後、関内のまち全体で歩道や道路を活用し、3密を避けて人々が飲食や交流を楽しめるまちづくりを進めていくためには、関内に数多くある路地をどのように活用するか、住民の快適な暮らしと交通規制のバランスをどうとるかなど、課題も多くある。
また、今回は18時過ぎから雨足が強くなり、結果として19時すぎにはテラス席を撤収せざるを得なくなったが、テラス席が日常的に用意されている欧州諸国とは違い、雨が多いという日本ならではの気候条件を踏まえたうえでどのように安定的にテラスを営業していくかなど、地域固有の課題も見えた。
このような新しい取り組みを地域の中で進めていくにあたり、後藤さんが大事だと強調するのは、立場や世代を超えたフラットな議論の場だ。
「町内会や福祉事業者が飲食店に呼びかけて実施するという今回のような事例は、全国的にも新しいと思います。また、今回は若者の力も借り、上の人たちも上の人同士をうまくつないでくれました。コロナ禍で新しい生活様式を考えていくためには、福祉は福祉、飲食店や飲食店といった形ではなく、業種も年齢も関係なくみんながフラットに考える場が必要です。その意味で、今回は仕組みづくりを含めてとても多くの学びがありました。関内はみんなの顔が近いぶん、今後も同じように議論していけるのではないかと思います。」
コロナの影響で移動を制限された結果、多くの人は異国情緒が味わえるどこか遠くの国よりも、足元にある自分のまちに目を向け始めている。実際にコロナ禍のなかで地元を散歩したり地元の飲食店を訪れたりする機会が増え、結果として自分が暮らすまちの魅力を再発見したという方も多いのではないだろうか。
皆が足元に目を向けているいまだからこそ、まちづくりのチャンスがある。関内では、コロナをきっかけに地元の人々がオンラインを通じてつながり、そのつながりが新たなまちづくりの流れを生み出している。
新しい生活様式は、誰かが用意してくれるものではなく、まちで暮らす人々がお互いに手を取り合いながら自分たちでつくっていくもの。
横浜の未来のまちづくりの足がかりとなる「かんないテラス」を実現し、雨に濡れながらも達成感に満ちたすがすがしい笑顔で話をしてくれた皆さんからは、そんな前向きなメッセージを受け取った。
【参照サイト】関内まちづくり振興会
【参照サイト】オンデザインパートナーズ
【参照サイト】おたがいハマ
※本記事は、「一般社団法人YOKOHAMAリビングラボサポートオフィス」からの転載記事となります。
一般社団法人YOKOHAMAリビングラボサポートオフィスは、横浜市内で展開されているリビングラボ活動を支援する団体です。「サーキュラーエコノミーPlus」を団体理念に掲げ、市民が主体となった産学民連携による循環型のまちづくりを推進しています。