2018.08.10
「リビングラボ」という言葉をご存知でしょうか?
もともと、企業がサービスや商品開発をするにあたり、実際に使用するユーザーのニーズをわかっていなければ、開発したものも消費者の手に届かないのではという課題があり、ワークショップ形式でユーザーの視点を企業側が吸い取るという手法でした。どちらかというと、企業にとっては商品やサービスを売るためにやらなくてはならないことだったのです。日本では1995年からISO認証制度が導入されたことを契機に広まり始めたと言われています。
それが近年、商品やサービスを開発したい企業のみならず、まちづくりを担うセクターがリビングラボに注目し始めています。
あらゆる地域課題が浮き彫りになってきた今日、住民が自ら主体的に、住むまちの今後を考えていくことが必要になってきています。そこに、まちづくりに関わる複数のセクターが、「リビングラボの手法が地域課題解決のための一つの突破口になるのでは」と考えているのです。
なぜ、リビングラボなのでしょうか。なぜ、まちづくりに生かされようとしているのでしょうか。
今回は、横浜国立大学の「地域連携推進機構(YNU/ローカル・ブランド・ラボ)」の企画のもと、リビングラボを通した地域づくりを横浜国立大学学生と一緒に学ぶというプログラムで、8月7日から10日までの4日間、講義やフィールドワークなどのインプット、ワークショップや発表などのアウトプットを取り入れた学びの場が企画されました。
参考:http://www.chiiki.ynu.ac.jp/hus/chiiki/19656/
4日間の詳細は以下の通りです。
DAY-1:「地域のリデザインとリビングラボ 概論」
日時:8月7日(火)13:30〜17:00
場所:横浜国立大学 経済学部 2号棟ラーニングラウンジ
http://www.ynu.ac.jp/access/map_campus.html
DAY-2:8月8日(水)14:00〜17:00
フィールドワーク【非公開】
「井土ヶ谷リビングラボを取り巻くソーシャル曼荼羅を可視化する」
@UDCI(井土ヶ谷アーバンデザインセンター)
グループ(10数グループ)にわかれて井土ヶ谷リビングラボに関わる地域資源(小学校、ケアプラザ、高校、町内会、NPO等)をヒアリングし、その後、井土ヶ谷アーバンデザインセンターで、それぞれのグループ調査の成果を発表し、全員で共有化する
DAY-3:8月9日(木)14:00〜17:00
フューチャーセッション【非公開】
「新しい井土ヶ谷リビングラボをデザインする」
@UDCI(井土ヶ谷アーバンデザインセンター)
フィールドワークの結果などを参考にして、現在、整備中の「新・井土ヶ谷アーバンデザインセンター」の空間や機能を中心に井土ヶ谷リビングラボの今後のあり方について、ワークショップを行う。
※希望者のみ夜のフューチャーセッション 18時30分 @井土ヶ谷アーバンデザインセンター
DAY-4:8月10日(金)15:00〜18:30
グループワーク+発表【公開】
「リビングラボから構想する新しい地域社会」
@横浜国立大学 経済学部 2号棟ラーニングラウンジ
井土ヶ谷リビングラボを題材して、リビングラボの取組から構想する新しい地域社会のあり方について、話し合い、提案します。
発表17:00〜18:30
発表後、懇親パーティ
今回は、キックオフとなった8月7日の様子をお伝えさせていただきます。
登壇したのは、横浜国立大学の藤原徹平准教授、横浜市政策局共創推進課の関口昌幸さん、横浜コミュニティデザイン・ラボの杉浦裕樹、市民セクターよこはまの吉原明香さん、太陽住建の河原勇輝さん、建築家・tomito architectureの冨永美保さんなど、リビングラボ実践者の方々。
まず導入として、藤原先生から地域ブランディングの話がありました。
地域の資源をいかして再編していくための一つの手段として、1970、80年代に「シビル・ミニマム」という考えのもと、「地区カルテ」が作られていました。
シビル・ミニマムとは、市民と自治体がまちを一緒に作っていこうという発想です。
地区カルテは、人間のカルテと同じように、その土地柄や特性などのまちのデータが記入されているもので、当時はグーグルマップのような技術がなかったためすべて手作業で書きこんでいました。それをもとに、何が足りないのかを明らかにした上で、都市設計していくというまちづくりのプロセスがありました。
そのような汗のにじむ作業は、シビル・ミニマムのもと住民と共に行ってきたようです。
地域ブランドが落ちている今、市民が自ら地域をどうしていくかを考えることに時間が割けなくなっており、その流れの中で建築やまちづくりに携わる人たちが地域に関わることが必然的に必要になってきているというお話でした。
関口さんは、行政の視点から「地域のリデザインとリビングラボ」をテーマにお話しました。
横浜市の今の状況から、なぜリビングラボをする必要があるのかを、人口動態を中心に説明しました。
2019年にピークを迎えた後、横浜市は人口減になることが予想されています。ちなみに、今の横浜市の人口は374万人超え。
少子高齢化や晩婚、未婚、共働きが増え、単身世帯が増えるなど様々な要因がある中で、主体的に地域に関わり生活する仕組みが改めて必要になっていることが話されました。
杉浦さんは、まちづくりを担うNPOの視点から「全国のリビングラボの動向について」をテーマにお話しました。
横浜市内各地で実施されているリビングラボの事例を紹介し、経済産業省の推進事例など、国の大きな動きとしても推進され始めていることが紹介されました。
市はオープンイノベーションに力を入れており、情報格差の是正を目指して多様な主体の連携が促されています。「様々な人たちの活躍の場をつくることができる」という意味でも、リビングラボは期待できると話されました。
吉原さんは、政策提言NPOの視点から「市民協働とリビングラボ」をテーマにお話しました。
温暖化などの環境問題について提言を行ってきた市民セクターよこはま。空き家のオーナー応援事業を展開するなど、地域課題解決に向けて積極的に関わってきました。
行政サービスがセーフティーネットの役割をすべて担うことができなくなってきている今日、地域での支え合い「共助、互助」が大切なキーワードになってきており、まちの中に小さくても「拠点」となる居場所がたくさんできることが必要とのお話でした。地域課題は、一人ひとりの暮らしの中の困りごとの集積なので、一人ひとりていねいに対話を重ねる重要性をお話されました。
河原さんは、地域に根付く中小企業の視点から「井土ヶ谷リビングラボと太陽住建の取組」をテーマにお話しました。
住宅供給公社とコラボレーションして始めた井土ヶ谷アーバンデザインセンターは、地域に開かれたスペースになっています。
地域ケアプラザや社会福祉協議会と一緒に取り組むことが多く、そういった垣根を超えた連携を通して住民の対話の場を作ってきました。2018年には一般社団法人YOKOHAMAリビングラボサポートオフィスを設立し、横浜市内のリビングラボの情報共有やとりまとめなどを行っています。
8日、9日は井土ヶ谷アーバンデザインセンターでのワークショップが予定されています。
冨永さんは、建築家の視点から「地域ブランディングについて」をテーマにお話しました。
冨永さんの事務所が設計した南区東ヶ丘にある「CASACO(カサコ)」は、海外からのホームステイと地域の人たちの憩いの場。空き家だった物件を「地域に開かれたスペースにしたい」という要望のもと、冨永さんたちが設計していきました。家を造るところから地域の人たちと関わり、共に空間をつくりあげたプロセスに、リビングラボを考える上で大切な視点がある気がします。いきなり地域に開き、地域の人たちの心も開かれたかといえばそうではなく、そこには自ら情報を発信したり積極的に交流をするなど、地域に根付くために大変な努力してきたエピソードが話されました。
横浜市は、このような「住む市民が自ら地域に積極的に」参画しようとする際のサポート制度が充実しています。
例えば、よこはま市民まち普請事業です。
この事業は、住民が身近なまちの整備に関するアイデアを出し、共感する人を集め、議論、計画づくり、合意形成、整備、維持管理まですべて自分たちの手で取り組み、市はそれらを市民が主体となって実現できるようサポートを行う、というものです。
カサコは、よこはま市民まち普請制度から助成金を得て完成しています。
しかし、藤原先生が仰るのは、そこに市民と行政の共通する大きなビジョン、目指すものがあるのかどうか、という問題提起です。
無意識のうちに発生しているかもしれないそこの「ズレ」を知り、調整していくツールとしても、リビングラボが期待されているのかもしれません。
最後に、特別ゲストとして横浜市会議員の藤崎浩太郎さんから、政治の観点からのお話がありました。
関口さんのお話の中で、人口動態の話があったように、現状としては「人が足りない」という課題から出発しています。つまり、地域の担い手が減ってきている中、「誰がどうやって地域を支えていくのか」を考えなければならなくなっているという現状の説明がありました。
誰かから投げられた決まり事より、自分たちで決めたことの方が「自分ごと化」し、続いていく。そして、オープンデータは行政と市民の情報の非対称性をなくし、ある意味で同じ土俵に立つ。そのため、オープンデータを用いることで市民はいくらでも考え、企画し、活動することが可能になってきてはいます。
仕事や子育て、介護などで地域に人がいなくなるかもしれない。が、ゴミだしなど地域でのルールは決めなければならない。
だからこそ、リビングラボのような場が必要になってきているというお話をされました。
会の終了間際、振り返りとして藤原先生は、
「地域に興味のある色々な人たちが会えたのがよかった。もっと言えば、生活の場にいて横浜の地域について考えている、例えば八百屋さんとかがいてよかったかもしれない。地域に興味をもつということは、永遠に研究するということ。『地域にどう興味を持っているのか』で、今回色々な言い方があったと思う。
経済とは、市民をどうやって救っていくかの仕組みのことで、地域経済をどうつくりなおしていくかということが『都市をつくる』ということ」
と話し、担い手がいなくなりつつある地域を、いかにみなが地域を自分のものとして大切に思い、活動していくかということとと経済の話を絡めて、今回のイベントの締めくくりとなりました。
行政や中小企業、NPO、建築などそれぞれの立場からリビングラボの現状や取り組み・今後の展望が紹介され、初めて「リビングラボ」という単語を聞いた学生でも、大枠が把握できるイベントなったのではないかと思います。
のべ50人ほどが集まり、熱心に登壇者の話を聞いていました。
人口減、空き家の増加など様々な”地域課題”が強調され、改めて「何とかしなければ」という危機的感覚を抱きますが、地域の担い手を始め、分野をまたいだセクターが協働するためのツールとして「リビングラボ」が期待できるのではないでしょうか。
このプログラムに参加した学生さんたちがどのようなことを感じ、自分たちの活動に落とし込んでいくのかが楽しみです。
LOCAL GOOD YOKOHAMAは、まちでコトをつくりたい、人とつながりたい、課題を解決したいと考えている市民のみなさんのICTプラットフォームコミュニティ。みんなが情報やコミュニケーションでつながり、人が集まることで何かがはじまる場をつくり、コミュニティや活動がこれからも続くキッカケをデザインします。まちの課題や問いに対して「自分ごと」として新たな一歩を踏み出し、まちの未来をより良くするアクションを 「LOCAL GOOD」と名づけました。 さまざまな地域課題に向き合う「ローカルグッドプレイヤー」とともに、共に考え、語り、取材をすることは、新たな視点や経験を得る貴重な体験です。取組を知り、現場でつながることは、おたがいの働く、学ぶ、暮らすを変えてゆくためのアイデアやアクションを生むためのイノベーションのヒントになります。地域のプレイヤーが悩み、チャレンジする現場に足を運び、声に耳を傾け、みなさんの得意や関心に併せた役割を見つけてください。自らを知る、変えるチャンスを提供します。誰もが参加して応援できるローカルグッドサポーターが、はじまっています。 https://yokohama.localgood.jp/about/ LOCAL GOOD YOKOHAMA 編集部へのお問い合わせやご意見、取材希望や情報提供はこちらにお願いいたします。 localgood@yokohamalab.jp