ローカルグッドプレイヤー

”小さき者”の生きる道を創る

「いのちの木」店内で、「なかまちだい思い出帖」を手にする「五つのパン」理事の岩永敏朗さん(右)と船田富士男さん=横浜市都筑区

優しい色のリネンやコットンでつくられたシンプルな服が飾られた壁面。店の片隅に置かれたミシンのそばには、さまざまな人たちが持ち寄ったカラフルな端布や毛糸が積み重なっています。

横浜市営地下鉄仲町台駅から徒歩2分にあるコミュニティカフェ「いのちの木」(横浜市都筑区仲町台1)。運営するNPO法人「五つのパン」(鹿毛独歩理事長)は、和製本の職人による「本づくり学校」や「編み物ワークショップ」などをこの場所で実施しています。高齢者・障害者らも含めた地域の多様な人々が「居心地よく過ごせる場」をつくりつつ、持てる力をゆるやかに引き出し、かかわりを編み上げて新しい価値を創造する事業を企画しているのは、プロジェクト担当理事の岩永敏朗さん。「五つのパン」のこれまでと、岩永さんが見つめてきたこの地域の課題、その先にある活動のビジョンをうかがいました。

【これまでの経緯】

2000年3月末、岩永さんはそれまで勤めていた半導体関連の商社を40歳で辞め、地域に飛び込みました。「効率、利益」を追い求め、それなりの業績を上げていた岩永さんが人生をシフトさせていく節目に、いつもハンディキャップを持った人たちとの出会いがありました。

クリスチャンである岩永さんを信仰に導いた1人で、現在法人の理事長である牧師・鹿毛さんの長女・永久(とわ)ちゃんの死=享年6歳=、その後教会で出会った視覚障害者の少年との交流、そして退職後に勤めたグループホームでともにスタッフを務めていた青年が精神障害で、治療薬の副作用で薬物中毒状態にあったこと…。

視覚障害の少年とは、獅子座流星群を「観察」に行き、長い夜を共に過ごして心を通わせました。薬物中毒の同僚青年に対しては、自宅にともに住むように誘い、家族同様に受け入れて一緒に仕事を始めたこと…。

その都度の出会いを岩永さんは「避ける」のではなく、一歩踏み込んで「関わる」という選択をしてきました。

岩永さんは、その理由について「”弱肉強食”、効率が当たり前のビジネスの世界で、わたしは虚しさが消えませんでした。弱さや障害をありのままで受けとめることが、わたしがやるべきことだと思いました。」と語ります。

岩永さんはトルストイの書いた短い物語「靴屋のマルチン」のモチーフとなった聖書の一節「この世の最も小さい者にしたことは、わたし(神様)にしたのです。」が頭から離れなかったそうです。

さらに、自暴自棄・自己否定に陥っていた人たちが、かかわりのなかで少しずつ周囲とのコミュニケーションを回復し、恋愛・結婚をしたり、同じような障害を持つ人のために役に立とうと働き始めたりすることにも励まされたと言います。 視覚障害の少年と知り合った際に、彼の仕事を探し回った末に見つからず「この人を生かせる仕事場があったら」と思ったことが現在の「五つのパン」の事業につながっていると言います。

「弱さを持つ人同士が助け合える場」をつくることを目指して「五つのパン」は2004年6月にNPO法人化。「ホームヘルパー事業」、地域活動支援センター(精神障害者地域作業所型)「マローンおばさんの部屋」、多世代交流型コミュニティ・ものづくりカフェ「いのちの木」の3つを中心に、地域ニーズに応える活動をしています。

【地域の課題】

1998年ごろからこの都筑区仲町台周辺を拠点に、高齢者・精神障害者・身体障害者らの「働くことの困難」「生活の中の苦しさ」をつぶさにみてきた岩永さんが地域の課題として挙げたのは次の5点です。

1.高齢者の孤独と役割のない状態
2.つながりの希薄化
3.障がい児/者、当事者の将来への不安、保護者なき後の不安
4.主婦や青年の引きこもり
5.福祉の担い手の不足

どれも多くのまちで共通する課題ですが、岩永さんは、都筑区仲町台周辺の特徴として「”呼び寄せ高齢者”が多いのです。子ども夫婦が、田舎の親を呼び寄せて周辺の賃貸住宅に住まわせるというケースです」と特徴を挙げてくれました。 横浜市北部3区は「若いファミリーの多いまち」という印象がありますが「データから見る都筑区の現状と課題」(都筑区福祉保健課、2010年)のによると以下のようになっています。

・65歳以上人口における転入高齢者(65歳以上)の割合 3.41%(2004~2008年の5年間平均値 18区中第1位:横浜市平均:1.9%)

・65歳以上においても毎年転入超過(転入者-転出者)となっている。 5年間の転入超過者数の合計は18区中第1位

・75歳以上人口における転入高齢者(75歳以上)の割合は 4.49%(2004~2008年のの5年間平均値 18区中第1位:横浜市平均:2.1%)

・区内の高齢者施設数は、51施設(18区中第4位)、定員数は、3,108人(18区中第3位)

長年住み慣れた地域を離れ、知り合いのいないまちでつながりをつくるきっかけを得られないまま毎日を過ごしている高齢者が他区よりも多く、2011年の東日本大震災では近くのUR都市機構のシニア向けUR賃貸住宅「ボナージュ横浜」の居住者の孤立が地域課題にもなりました。

「いのちの木」では、葛が谷地域ケアプラザ(横浜市都筑区葛が谷16)とともに、出張カフェを実施。ひきこもりがちになってしまった住民たちのつながる機会を提供してきました。「五つのパン」ではこうした実践を積み重ねながら、これからの事業を組み立てています。

【これからの事業】

「五つのパン」で運営している2つのカフェは、それぞれに役割を明確にしています。
「マローンおばさん」は、地域活動支援センター(精神障害者地域作業所型)として、「いのちの木」は齢者やコミュニケーションが不得意な人たち、子育て中の母親たちなど制度になじまない地域の人たちの集いの場として運営されています。

岩永さんが初志を生かし、「いのちの木」に集う人たちの「仕事づくり」の一環として実践を始めたのは、製本の専門企業でもある「美篶堂」(長野県伊那市美篶)との共同で運営する「本づくり学校」。和綴じ製本の第一人者である親方・上島松男さん・長女の上島明子さんが監修したカリキュラムにしたがって、長期離職者枠の2人が、一般枠で応募した9人とともに2014年4月から学んでいます。

この「本の学校」で目指しているのは、職人技を学んで長期離職者が手に職をつけること。文化の継承と通常の企業での就職が難しい人たちの雇用創造を目指しています。さらに、「いのちの木」に集う高齢の女性たちによる「編み物サークル」。手編みの技術を生かして一点物のニットウエアや小物を受注する仕組みも動き出しています。

2つの「手仕事」を核とした事業は、それぞれデザイナーや編集者などの応援を得てブランド化を目指した動きも出てくるなど、岩永さんが当初目標にしていた「仕事づくり」へ少しずつ近づいています。

【岩永さんのメッセージ】

「福祉制度になじまない立場の人たちを地域でどのように支えていくのか、関心はそこにあります。福祉の予算にも限界はありますし、寄付もまだポピュラーではないため、わたしたちは仕事づくりに踏み出しました。この仕組みを育てていくために、さまざまな方々の力を借り、連携をしていきたいと思っています」

ライター紹介

LOCAL GOOD YOKOHAMAは、まちでコトをつくりたい、人とつながりたい、課題を解決したいと考えている市民のみなさんのICTプラットフォームコミュニティ。みんなが情報やコミュニケーションでつながり、人が集まることで何かがはじまる場をつくり、コミュニティや活動がこれからも続くキッカケをデザインします。まちの課題や問いに対して「自分ごと」として新たな一歩を踏み出し、まちの未来をより良くするアクションを 「LOCAL GOOD」と名づけました。 さまざまな地域課題に向き合う「ローカルグッドプレイヤー」とともに、共に考え、語り、取材をすることは、新たな視点や経験を得る貴重な体験です。取組を知り、現場でつながることは、おたがいの働く、学ぶ、暮らすを変えてゆくためのアイデアやアクションを生むためのイノベーションのヒントになります。地域のプレイヤーが悩み、チャレンジする現場に足を運び、声に耳を傾け、みなさんの得意や関心に併せた役割を見つけてください。自らを知る、変えるチャンスを提供します。誰もが参加して応援できるローカルグッドサポーターが、はじまっています。 https://yokohama.localgood.jp/about/ LOCAL GOOD YOKOHAMA 編集部へのお問い合わせやご意見、取材希望や情報提供はこちらにお願いいたします。 localgood@yokohamalab.jp 

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