2021.09.01
横浜市泉区と大和市に跨って広がる神奈川県県営住宅「いちょう団地」。住民の約3割は東南アジアや南米を中心とした11か国からの外国人です。ここを舞台に約30年に渡って多文化交流事業に携わってきた、多文化まちづくり工房代表の早川秀樹さんにお話を聞きました。
高齢化の進む多文化コミュニティ
いちょう団地と聞くと、外国人が多く暮らすコミュニティを連想される方も多いのではないでしょうか。現在、約3600戸のうち半数近くの住民は、65歳以上の高齢者と言われています。高齢者の買い物支援の一環として、2021年8月からは横浜市と包括連携協定を締結している、民間企業による移動販売車の巡回が始まりました。
1990年代からいちょう団地で多文化交流事業に携わってきた早川秀樹さん(多文化まちづくり工房代表)はこのように説明します。
「高齢化は国籍を問わず、いちょう団地全体で進んでいます」(早川さん)
当初移住してきた外国人世帯の子どもが成長して独立し、特に20~30歳代の年齢層は活躍の場を求めて外に出ていきます。その結果、いちょう団地には高齢者が残ります。いちょう団地は神奈川県営住宅の中でも比較的家賃が安いことから、若年層が出ていった部屋には生活に困難を抱えた人たちが新たに入居してくる事例が多いそうです。
「多文化というテーマで取り組んできた活動でしたが、外国人との接点がめっきり少なくなりましたね」(早川さん)
外国人の移住増加
1980年代、大和市にはインドシナ難民を支援する定住促進センターがあったことから、同じ市内にあるいちょう団地には多くの外国人が移り住んできました。移住してきた彼らの中には、日本の言葉や習慣などにあまり精通していない人もいました。SNSなどのウェブメディアが今ほど普及していない当時、異文化への理解や交流も限定的な時代でした。
1990年代半ば、大学生だった早川さんは、そんな彼らへの支援活動を少しずつ始めていました。早川さんが通っていた大学では中国残留孤児に対する帰国支援活動が行われており、早川さん自身の専攻内容が中国語だったこともあってか、その活動に携わるようになったそうです。
「中国から帰国した人たちは、いちょう団地から少し離れた上飯田団地に多く住んでいたので、私の活動場所も当初はそちらが中心でした。活動を通じて、この地域には中国に関係を持つ人以外にも、ベトナムやカンボジアなど様々なアジアの国から移住してきた人たちがいることが分かりました」。(早川さん)
生活支援を通じた多文化交流
まずは日本語が学べる環境を作りました。地域内にある小学校の教室を借りて、毎週2回の日本語教室をはじめました。参加費は無料で、社会人や大学生、リタイヤ世代の人たちがボランティアで日本語講師を務めました。
教室では日本語を学ぶことを通じて日本の習慣や日本人の考え方などを会得し、講師役の日本人も外国人の文化や習慣を理解することになり、いつしか「さまざまな人のつながりを生み出す出会いの場」となっていました。
「多文化まちづくり工房の原点は、この日本語教室です」。(早川さん)
これをきっかけに、日本語学習以外にも子どもたちの日本の学校における学習支援や進路相談、自治会などの掲示物や配布物の多言語化、地域イベントへの参加などが進み、2000年には任意団体「多文化まちづくり工房」を設立するに至りました。
子ども世代の成長独立
インドシナ難民が減少したことから大和市の定住促進センターは1998年に閉鎖されましたが、日本での生活に慣れた移住者が母国から家族を呼び寄せるなど、いちょう団地の外国人は2000年代までは増加していました。2010年代半ばになると、かつての子ども世代が成長、独立し、地域外へ転出していくことが増えました。その結果、地域の高齢化が進んでいるのは前出の通りです。
長く支援し続けた子ども達がいちょう団地を巣立って、広く世界で活躍する。立派なサクセスストーリーにも聞こえますが、早川さんは「ちょっと寂しいですね」ともこぼしました。
日本の生活に慣れ親しむにつれて同郷同国人同士でのコミュニティが形成され、日本語ができなくても母国語で生活できる環境が出来てきました。人間は高齢になってくると、日本語よりも永年使ってきた母国語を話したくなる傾向になります。その結果、母国語で生活できるコミュニティで完結してしまうのです。
また仕事に関しても、母国語コミュニティ内で完結するものが現れたり、IT技術の発達によりウェブ上でグローバルに対応できるものであったり、日本語が使えなくても支障ないことが多くなってきています。
少子化の影響で、いちょう団地エリアにあった小学校は、2014年に近隣の小学校へ統廃合されました。校舎はコミュニティハウスとして再活用され、日本語教室はコロナ対策をしっかりと行いながら現在も脈々と続いています。多文化社会から高齢化社会へと様相が変わってきたいちょう団地で、最近の早川さんはコミュニティハウスの管理業務を受託しつつ、大学などからの依頼に基づき高齢化に関する調査事業を行っています。
いろいろな人と関わることができる楽しさから、大学卒業後もいちょう団地での多文化交流を続けることにした早川さん。
「使命感ではありません。当時支援で関わっていた子ども達がこの先どうなっていくのか見てみたい、という単純な興味からです。」(早川さん)
当初支援していた人たちが地域に根付いて、いちょう団地で新たな活動やコミュニティを作り出していってくれるのではないか、という想いは抱いていたものの、現実は少し違う方向へ進んでいます。
「これで活動を止めたくありません。(高齢化という)新しい課題が見えてきましたからね」。(早川さん)
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