ここでは、「ローカルグット」のエンジンとなるコミュニティ活動の活性化の方向性を「コミュニティ経済」という視点から考えてみよう
まず「コミュニティ活動」とは、そもそも何かということから定義してみよう。わが国において、最初にコミュニティ活動を行政との関りのなかで定義づけ、提唱したのは、1969年に発行された国民生活審議会の報告書「コミュニティ-生活の場における人間性の回復」であった。この報告書では、コミュニティを「生活の場において、市民としての自主性と責任を自覚した個人および家庭を構成主体として、地域性と各種の生活目標をもった、開放的でしかも構成員相互に信頼感のある集団」であるとし、続けて「従来の古い地域共同体とは異なり住民の自主性と責任性にもとづいて、多様化する各種の住民要求と創意を実現する集団」でもあるとしている。この定義に従えば「住民の自主性と責任性に基づいて、要求と創意を実現する活動」が「コミュニティ活動」と言える。
この報告書が発行された時代背景として、60年代の高度経済成長期の農村から都市へ大量の人口流入によって、「第1の社会的セーフティネット」(大家族制度と地域共同体)が崩壊しつつあったこと。
また公害問題や都市問題など新たな社会的課題が全国的に噴出する中で、地域開発などに反対する住民運動が盛んになりつつある時代でもあった。一方で、核家族と企業そして行政のトライアングルによる「第2の社会的セーフティネット」が形成されつつある時代でもあり、国としても、住民運動などに見られる地域住民のエネルギーを新たな社会的セーフティネットを補完するものへと回収する意図を持って「コミュニティ活動」を称揚したのかも知れない。
いずれにしろ、この国民生活審議会の定義を参考にして、本市におけるコミュニティ活動の歴史を俯瞰すると、住民相互のつながり方や活動スタイルなどのタイプが異なる二つの「コミュニティ」が横浜には存在していることが分かる。
一つは、「町内会・自治会」に代表される地縁型のコミュニティである。横浜市では、1955年頃から地域振興協力費の支出を中心とした、自治会・町内会に対する補助事業が行われ、防犯、防災、消費生活、青少年指導、ゴミ処理など、市民生活の様々な側面についての施策を、自治会町内会を通して委嘱した各種の委員の力を借りて進めてきた。この結果、自治会町内会が行政と強いつながりを持っているのが、横浜のコミュニティ活動の特徴の一つである。
一搬に自治会・町内会は、単位自治会町内会とその連合体である地区連合町内会によって形成されており、地域で行政が計画づくりや施設整備やなどを実施する際に、(連合)自治会町内会の参加と承認は欠かせない。また指定管理者制度が導入されるまでは、地区センターなどの地域施設は、地元の自治会町内会を中心とした管理運営委員会によって、担われるのが通例であった。
このため、あたかも自治会町内会が、住民の自主性と責任性に基づく「コミュニティ」というよりも、生活審議会の報告書が指摘する「古い地域共同体」と見なされたり、行政の下請け機関的な性格が強調されることがある。しかし本市のコミュニティ活動の歴史を紐とけば、70年代前半の郊外部の団地においては、団地の生活環境の未整備―道路や学校や保育所、商店街、バス路線などの問題―から、住民の権利と連帯の意識とが芽生え、住宅公団や横浜市を課題解決の交渉相手とするために「自治会」が形成されるケースが多くあった。また70年代前半から80年代の中頃ぐらいまでは、行政の地域への公共事業に対して、自治会町内会が中心となって激しい反対の住民運動が展開されるケースも見受けられた。まさに「住民の要求と創意を実現するコミュニティ活動」の場として自治会町内会が機能していた側面もあったのである。
こうした地縁組織が本来持っている住民自治のエネルギーに着目して、近年でも、市民が主体となった地域運営の仕組みづくりとして「身近な地域元気づくりモデル事業」が展開されている。
横浜市におけるコミュニティ活動のもう一方の主役は、テーマ型コミュニティである。自治会町内会などの地縁型のコミュニティが土地に根差した地理的な範囲で活動を行うのに対して、テーマ型コミュニティは、同じ関心やテーマに基く、個々人の自発的でゆるやかなつながりによって活動しているのが特徴だ。
横浜の郊外部においては、人口急増のために身近な地域施設の整備が遅れる中で、70年代の初め頃から、子育てや親の介護、環境問題など日々の生活の必要に駆られ、自治会町内会とは別に、住民が自発的に結びつき、活動を始めたのが、テーマ型コミュニティの起源である。その後、住環境が一定程度整備され、社会全体に「ゆとり」が出てきた80年代中ごろから、生涯学習や文化・余暇活動をきっかけにして、市域全体に広がった活動スタイルである。
このようなテーマ(知縁)型コミュニティは、90年代中頃に実施された本市のパートナーシップ推進モデル事業の中で、行政における地域の事業パートナーとして、初めて位置づけられた。それは、地域課題にアクティブに取り組むテーマ型コミュニティとの協働がなければ、行政としても地域の課題解決がなしえなくなってきたからである。
横浜のコミュニティ活動は、これまで地域コミュニティとテーマ型コミュニティの両者が存立し、時に摩擦を引き起こしながらも、相互に重なり合い、活動を進めてきたといえる。しかし、このような横浜のコミュニティ活動にも超高齢・人口減少社会の波は、打ち寄せてきている。
例えば、2000年の時点では、90%近くあった自治会町内会の加入率は、年々減少し続け、平成23年度には、77.2%となっている。かつては、横浜市民であれば、ほぼ100%自治会町内会に加入していた時代もあったが、近年は若者を中心に必ずしもそうではなくなっているということである。そして、会を支えるリーダー層も高齢化しており、活動を支える会長や役員が、全て後期高齢者という自治会町内会も生まれてきている。こうした傾向は、テーマ型コミュニティも同じであり、90年代に活動のリーダーだったメンバーが、年齢を重ねても、そのままイニシアティブをとっている団体も多い。
このようにコミュニティ活動の担い手の高齢化が進んでいる背景には、人口構造が高齢化しているだけでなく、活動をするだけの時間的余裕やきっかけを見つけにくい、結婚後も働き続ける女性や、退職後も仕事を続ける高齢者が増えるなど、そもそもコミュニティ活動の意義や必要性を認め、自らの参加も受容する「潜在的な参加層」が希薄化している事が大きな要因として挙げられる。従ってこの問題は、個々の団体が人材育成などに力を注げば、解決できるというものではなく、成長・拡大期に形成されたコミュニティ活動のあり方そのものや、それに対する行政の支援の仕方を、超高齢・人口減少・単身急増社会に適応したもの(第3のセーフティネット)に創り変えていく必要があるということである。
超高齢・人口減少・単身急増社会の課題に対応する第3のセーフティネットは、第1のセーフティネットが「社会規範」を、第2のセーフティネットが「経済成長」を主な拠り所として形成されていたのに対し、「自助・共助・公助の組み合わせ」が基本となると考えられるが、昨今の社会経済情勢を考えると、特に「自助力の強化」と「持続可能な共助」が重要になる。
「自助力の強化」は、家族機能や経済成長に替わるものとして期待されるものであり、そのための施策としては、無業者に対する雇用の確保(経済活動への参加支援)や、ネットワーク形成支援などがあげられる。
また、「持続可能な共助」は、先に述べたコミュニティ活動の課題を克服しつつ、地域社会が本来持っている予防機能の維持・発展であり、新たな参加者層の発掘、地縁型コミュニティとテーマ型コミュニティマッチング、活動資金の開拓などにより到達可能と考える。
横浜のコミュニティ活動の歴史を振り返ると、「地域コミュニティ」にしても「テーマ型コミュニティ」にしても、市場経済と結びつくことに対しては、慎重であった。もともと地域活動とは、自発的かつボランタリーな行為として行うものという前提があって、コミュニティ活動をスタッフが金銭を得るための手段や職業、生業にすることに対しては、ワーカーズコレクティブの活動などを除けば、概ね市民も行政も無関心であった時代がずっと続いた。その一因として、生産の場(東京)で稼ぐ夫と生活の場(家庭や地域)で育児や介護をする妻という性別役割分担が明確であった成長・拡大期の核家族にあっては、生活の場である地域において経済を活性化し、雇用を生み出すことへのモチベーションが、総体として低かったからだといえる。
コミュニティ活動に対する行政からの金銭的援助が、長年の間、事業そのものに対する助成金や補助金が主であり、スタッフの「人件費」は対象外であったことからも、そのことは窺える。
しかし、今後「単身世帯への対応を中心とする第3のセーフティネット」を構築に向け、自助力の強化や持続可能な共助を進めるためには、従来のコミュニティ活動だけでなく、コミュニティ活動と経済活動とをつなぎ、地域に必要なモノやサービス、情報を循環させていくことが重要なポイントになるのではないか。
すなわち、地域の若年無業者に対する多様な雇用機会の確保や単身者を対象にしたネットワークづくり、或いはコミュニティ活動に新たな参加者を呼び込む取組や地域活動に関する多様な資金源の確保等においては、「プロボノ」の例を出すまでもなく、経済的手法が有効に働くのではないかと考えられる。
そういった手法を実現するために、住民が相互に資金を出し合い、または民間企業に資金提供を求め、あるいは新しい公的資金の導入の仕組みなどを創出する中で、地域経済を活性化し、雇用を生み出しながら様々な公的サービスを行っていくことができれば、企業も含め、地縁型コミュニティやテーマ型コミュニティなど、多様な主体が「コミュニティ」をキーワードにつながることができ、自助力の強化と持続可能な共助を柱とする「第3のセーフティネット」構築も十分に可能となる。
現実に、2000年代以降、横浜の地域社会においても、「コミュニティ活動」と「市場経済」をつなぐ動きが、芽吹き始めている。
転機は、1997年に制定された「介護保険法」と1998年の「NPO法」であった。それまで、地域社会でのひとり暮らしや病弱な高齢者に対する配食サービスや家事援助のサービスは、民生委員やボランティア団体など主に専業主婦を担い手とする地域コミュニティやテーマコミュニティが、会費制や利用料金などで運営していた。ところが、「介護保険法」と「NPO法」が施行されたことで、2000年代に入ると、これらのコミュニティ活動の中にはNPO法人の認証をとり、介護保険の事業所等となることで、一挙にサービスを拡充し、本格的な事業を展開するようになっている団体が多い。
さらに介護の分野だけでなく、子育て支援や障害者支援の団体などもNPO法人の認証を得て、次世代育成支援法や障害者自立支援法など法制度の施行によって、行政からの補助金が期待できる子育てや保育、障害者の自立支援の分野で事業を展開する団体も育ってきている。ちなみに、2000年の時点では、64団体に過ぎなかった市内のNPO法人は、2010年には1,347と急激な増加をし、その半数が「保健・福祉・医療」の分野で活動している。
このような公共サービスの事業主体として成長したNPO法人は、その出自が地元密着型の活動であり、単に、行政からの受託業務のみを定型的にこなすのではなく、地域のニーズにできるだけ対応しよう、という柔軟な運営と包括的な支援サービスを志向しているところが多い。また、スタッフも、身近な地域の住民であることが多く、地域社会に新たな雇用を創出する場ともなっている。
NPO法人による地域社会での「保健・福祉・医療」活動のコミュニティビジネス化に加え、既存の自治会町内会、テーマ型コミュニティの間でも、会員やメンバーが自発的に、資金を出し合い、行政の補助金も活用しながら、団地の空き家や商店街の空き店舗を借り上げて改装し、地域の交流拠点として運営する試みが始まっている。一般にコミュニティカフェと呼ばれるこうした地域の交流拠点は、住民がふらっと立ち寄り、食事や喫茶をしながらお互いに会話を楽しむ場としてだけでなく、ひとり暮らしの高齢者に対する見守りや、買い物支援、児童の放課後の居場所づくりなど多様なコミュニティ活動を支える場にもなっている。
このように、コミュニティ活動が地域のニーズに対応した公的サービスを担い、その経済的基盤が、行政の委託や補助のみでなく、サービスの生産と消費という経済活動の側面も持ち始めてきた。いわば、「経済化」したことで、コミュニティの中における「ヒト・モノ・カネ・サービス・情報」の循環が行われるようになっており、「コミュニティ活動」と「経済」とが結びつくことで「コミュニティ経済」を現実化させる大きな潮流になりつつある。
また、行政においては、個別的で包括的なコミュニティ経済をどのような形で支援、育成するのか、新たな仕組みが求められている、と言えよう。
一方で、市場経済の側でも、「コミュニティ活動」と「市場経済」とのつながりを、後押しするような新しい動きが始まっている。ソーシャルメディアの発展によって、欧米では「シェアリングエコノミー」と呼ばれている、モノ・お金・サービス・空間や知恵を共有化することで活性化する経済が、東日本大震災以降の日本においても、胎動し始めているのである。
市場経済を支える「消費」の分野で、モノやサービスを私有するだけでなく、他者と時間や場所を共有することに対価を払おうとする兆しが見え始めている。他者とのつながり、コミュニケーションやコミュニティを重視して、消費したいというニーズであり、単にモノやサービスを消費して満足するだけではなく、消費することで、人と知り合えるか、交流できるかという社会的価値に重きをおく動きである。
例えば、シェアハウスやカーシエアリングの広がりなどを例に挙げることができるが、先に述べたコミュニティ(タウン)カフェなどの試みも、新しいコミュニティ活動という視点だけではなく、シエアする経済という点からも注目される。シェアハウスなどは、「単身世帯への対応が中心となる第3のセーフティネット」を構築する際の鍵を握る住まい方だと言えるし、コミュニティカフェも、団地や商店街のリノベーションの切り札という側面と共に、第3のセーフティネットを構築する際の地域社会における新しい縁側としての機能を期待することもできる。
「消費」だけでなく市民の働き方にも、変化が起こりつつある。
雇用―非雇用という関係性ではなく、自営業者がフリーにつながりオフィスや仕事をシエアする働き方(コーワークス)が注目され、従業員全員で資本金から労働、利益もシエアする共組合方式の働き方が見直され始めている。
フリーランスの働き手がオフィスを共有化して働く「コーワークス」の動きは、横浜でも既成市街地の老朽化したビルをリノべートする形で取組事例が生まれてきている。また先にも述べた保健・福祉・医療分野でのNPO法人のコミュニティビジネスの胎動も、もとをただせば、80年代後半から郊外の専業主婦たちが興した「ワーカーズコレクティブ」の活動に行き当たる。横浜のワーカーズコレクティブは、近年、困難を抱える女性や若者を受け入れ、支援しながら共に働く「中間的就労」の場としても注目されつつある。
こうした「消費」や「労働」の変化の兆しを支えているのが急速に進む情報化社会の進展である。すなわち「シェアする経済」の新しいインフラとして「情報」が極めて重要な役割を担いつつある。
インターネットなどのICTの進展に応じて、地域SNSやフェースブックなど多方向交流型のソーシャルメディアの発達によって、時間や空間を超えて、多様な主体が「消費」や「労働」を共有化できる環境が整いつつある。また国が「電子行政戦略」の一環として、公的データーをICTを通じて、広く市民と共有化することで、新産業の育成や雇用の創出、地域経済の活性化を図る「オープンデータ」を推進し始めたのも、「シェアする経済」の新しいインフラとしての情報の価値に着目しているからに他ならない。
そして「シェアする経済」の新しい担い手として着目されるのが、公的課題を市場経済の原理によって解決する「社会起業家」や「プロボノ」の存在である。特に社会起業家とプロボノには、公的課題解決のために、コミュニティ活動の主体(自治会町内会、テーマ型コミュニティ)と市場経済の主体を結びつけ、地域の課題を共創的に解いていくことが期待されている。
近年、本市でも、経済局が中心になって、「社会起業家」や「プロボノ」を育成する取組が始まっている。特にこうした「社会起業家」や「プロボノ」を育成するためのインキュベーション施設であり、また実際に、多様な主体が共創的に公的課題を解決するための新たなビジネスを創発する仕組みとして「フューチャーセンター(セッション)」の実践が多様な形で、本市においても始まっていることは、注目に値するだろう。
超高齢化・人口減少社会がもたらす3つの課題を解いていくためには、既存のコミュニティ活動を「市場経済」とつなげる必要があり、また、つながる兆しがうまれてきていること。一方で、市場経済の側にも「シェアする経済」という形で、コミュニテイ活動とつながるための「汽水域」が出き始めていることを素描した。
コミュニティ経済を育成・活性化するとは、このようにコミュニティ活動と市場経済の両者が接近することで、交り合う「汽水域」を拡大していくことに他ならない。ただし、市場経済がグローバル化し続けているのに対して、コミュニティ活動は、お互いの顔が見える、身近な生活圏を活動範囲とした個別的かつ完結充足型の活動が基本である。また市場経済が個人の利益を最大限追求することを、その活動の源としているのに対して、コミュニティ活動は、他者とのつながりによる共同の利益を達成することを目的とした行為である。
従ってコミュニティ活動が市場経済とつながることによって、市場経済に飲み込まれ、本来の目的や内容が変質しないよう十分に配慮すると共に、「シェアする経済」の動きなどを媒介にしながら、現在の市場経済を、超高齢・人口減少社会に相応しいものにしていくベクトルを持つことが大切なのではないか。
このような形で「コミュニティ経済」を育成・活性化することによって、超高齢・人口減少・単身急増社会に臨む都市・横浜に新しい地域社会と地域経済の仕組みを創りあげて行く事ができるのではないかと私たちは考えている。