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タイと日本で地域福祉の学び合い 国際交流市民団体「野毛坂グローカル」の取り組み

 タイの地方自治体幹部ら85人(うち49人が市長)が7月2日~5日に来日し、日本の高齢者・障がい者福祉制度について学ぶ研修ツアーが実施されました。主催はタイ内務省自治体能力開発センター(Local Development Institute, Ministry of Interior)・タマサート大学社会事業学部(Faculty of Social Administration, Thammasat University)および野毛坂グローカル(国際交流市民団体、横浜市西区西戸部町1)の日本・タイの3団体。この研修は全3回で、第1回は6月18日~22日に行われ、81人が参加しました。今回は第2回の実施となります。第3回は8月21日~25日に実施予定です。

 共同主催団体、野毛坂グローカル代表の奥井利幸さんによると、外国の自治体首長がこれだけ一度に日本を訪問することは画期的であり、その主催を市民団体が実施することは日本ではじめてのことではないかとのことです。

 今回のツアーは、急速に高齢化が進むタイが社会福祉の取り組みの参考に「高齢化先進国」の日本から学ぶため、かねてより親交のあったタイの内務省担当者、タマサート大学担当者および野毛坂グローカルの奥井さんの企画により実現しました。

 ツアーの前半、7月2日・3日の2日間ライターが同行し、その様子をレポートします。

 日本において高齢者のケアは、老人ホームや訪問介護など民間介護事業者による介護サービスが主流ですが、最近は地域包括ケアに代表されるように、地域の力による高齢者ケアが注目されつつあります。研修では、国際協力機構(JICA・東京都千代田区)の社会保障専門家や大学の先生のお話だけでなく、町内会の役員、老人会の会長など実際に地域で活動している方々の事例発表など、日本の地域福祉活動のリアルな現状が紹介されました。

 

日本から何を学ぶのか

 国連の世界保健機構(WHO)では65歳以上を高齢者と定義し、高齢者が7%を超えると高齢化社会、14%を超えると高齢社会、21%を超えると超高齢社会と定義しています。日本では、1970年に高齢化社会、1995年に高齢社会、2007年に超高齢社会となりました。
 

 国連経済社会局(DESA)によると、2015年のタイの高齢化率は11%となっており、高齢化社会から高齢社会への入り口に差し掛かっています。また、世界銀行(WorldBank)の予想では、タイは2050年までに高齢者が30%を超え超高齢社会になることが報告されています。

 一方日本は「平成28年度 高齢化の状況及び高齢社会対策の実施状況」によると、総人口は1億2,693万人(2016年10月1 日現在)で、高齢者人口は3,459万人となり、 高齢化率は27%におよび世界でも例をみない超高齢社会となっています。1950年には総人口の5%に満たなかったのが、 1970年に7%を超え、さらに、1994年には14%を超え、猛烈な速度で高齢化したことがわかります。

日本の高齢化の推移と将来推計(内閣府ホームページより)

 このような現状に対し、日本では2014 年度、76兆1,383億円の高齢者関係給付費 (国立社会保障・人口問題研究所の定義において、年金保険給付費、高齢者医療給付費、老人福祉サービス給付費及び高年齢雇用継続給付費を合わせた額)を拠出しており、年々増える拠出額が大きな社会課題となっています。

 このように、人口に占めるタイの高齢者の比率は日本に比べると低いのですが、問題はその高齢化の速度です。日本が高齢化社会(1970年)から高齢社会(1995年)への移行に25年を要したのに比べて、タイでは高齢化社会(2002年)から高齢社会(2022年:国連予想)と20年で達することが予想され、日本を上回る急激な速度で高齢化が進んでいます。

一番上の線が日本、二番目がタイ

 一方で、日本は介護保険制度、医療保険制度、年金制度、生活保護制度など社会保障制度が整備されてきたのに対し、タイでは国民全医療制度が2002年に導入されたものの、その他の制度は十分でなく、来たる高齢社会への対応体制が整っていないのが現状です。

 また、タイでは権限や財源を中央政府から地方に移譲し、様々な住民サービスを国の直轄機関から地方自治体の実施に移行する政府方針があります。高齢者福祉・障がい者福祉サービスに関しても、地方自治体が地方保健福祉計画を策定のうえ、その地域特有の住民のニーズに合わせてサービスを実施することが望まれています。

 ですが、タイの自治体では中央省庁に比べてまだ十分に人材が育っていないという現状があり、特に上記のような高齢化や社会経済状況の変化により、要介護高齢者の増大や介護予防・健康増進活動の必要性の増大、認知症対策など福祉分野の課題は大きいといえます。

 このような背景のもと高齢化先進国の日本から高齢者福祉や障がい者福祉を学ぶべく企画されたのが、今回の研修ツアーです。

 

7月2日に真鶴町、7月3日にJICA横浜を訪問

 7月2日、一行はまず真鶴町を訪れました。真鶴町は、面積約7.05キロメートルと、神奈川県で2番目に小さく、世帯数は3,457、人口は7,388(平成30年7月1日現在・住民基本台帳法による)。小田原・箱根・湯河原に挟まれた相模湾に面する小さな町です。マンションやリゾートホテルなどの乱開発から町の生活や景観を守るため町独自に『美の基準』を定め、住民が人の営みを感じることのできる住みよいまちを作ってきたことでも有名です。そのためもあって、真鶴に魅力を感じて移住してくる若者も増えているそうです。

真鶴町琴ヶ浜研修所の建物の目の前に広がる景色

 一方、タイからは67ヶ所の自治体から市長らが参加。タイの自治体は日本に比べて規模は小さく、人口10万人以上の市は少なく、人口1万人程度の市が多いとのことです。

 まず、真鶴半島の最先端にある三ツ石海岸を見学した後、真鶴町琴ヶ浜研修所で青木鋼副町長、高橋敦議長らの出迎えを受け、その後健康福祉課長兼老人福祉センター所長の上甲新太郎さんからの講義を受けました。真鶴町の「『家』に住むから、『まち』に住むへ」を軸に、町全体で一人ひとりをサポートしていく取り組み話されました

 真鶴町でも少子高齢化の進行や、家庭や地域におけるつながりの希薄化など、社会情勢の変化に伴い、地域課題が多様化・複雑化し、公的サービスのみでは解決できない問題が増えてきているという現状がありあます。そのため「支える側」から「支えられる側」への一方的な関係ではなく「地域で支え、地域で支えられる、安心して暮らせる社会づくり」の地域福祉を推進するための取り組みが紹介されました。

上甲さんの講義 メモをとったり写真を撮るなど、真剣に聞く

 また、真鶴町の魅力に惹かれ都市から移住して来た來住友美さんからは、真鶴での地域で支え合う生活の魅力についてのお話がありました。來住さんは青年海外協力隊員としてタイで日本語を教えた経験があり、タイ語での挨拶や説明を行い参加市長らは大喜びでした。

 プーケット県ラワイ市から参加したアルン・ソロス市長は、「自分の市も真鶴町も海沿いで風光明媚であり、とても似ている。非常に参考になった」と感想を述べていました。

來住さんの講義

 夜は熱海に宿泊して、日本食を楽しんだり、温泉を楽しんだりしました。

 7月3日は、バスで横浜に戻り、みなとみらいにある国際協力機構(JICA)横浜(横浜市中区新港2)で、「横浜の地域高齢者ケア」を奥井さんが、「地域コミュニティ活動の実例」を芝山帛子さん(横浜市西区羽沢西部自治会役員)・河村正雄さん(同老人クラブ会長)が、「日本の高齢者/障害者福祉制度」を中村信太郎さん(JICA国際協力専門員)が、「高齢者/障害者福祉機器」について渡辺長さん(帝京科学大学医療科学部理学療法学科講師)がそれぞれが講義を行いました。

 奥井さんからは、日本における高齢者や障がい者ケアについて「家族でのケア」や「コミュニティでのケア」、「施設でのケア」などがあること、そして地域全体でケアをする「地域包括ケア」というシステムが紹介されました。地域での健康診断や見守り活動を、誰か一人で行うものではなく、地域全体で包括して行おうという取り組みについて、タイの地域活動と比較しながら説明がされました。

講義をする奥井さん

 地域コミュニティ活動の事例として芝山さんからは、町内会の紹介と住民が協働して行う様々な地域活動や催しなどが紹介されました。老人クラブの河村さんからは、高齢者ケアとして地域でどのような活動をしているかの紹介がありました。

 タイからは「行政から補助金がもらえる基準は?」「老人クラブ同士の交流はあるのか?」「地域活動への住民の参加率は?」など、積極的に質問が出ました。このような地域コミュニティ活動の説明は、研究者や行政担当者からなされることが多いと思うのですが、地域で実際に活動を行っている町内会役員や老人クラブ会長からの講義はとても印象に残ったようです。

質問するタイ人

左:河村さん 右:芝山さん

 一方、国や自治体の制度・政策として、JICAの社会保障分野の国際協力専門員、中村さんが現状の制度や政策を紹介。具体的なサービスの種類や、各種社会保険の仕組みや予算などの紹介がされました。

 最後に高齢者や障がい者の介護・介助に利用する機器について、その考え方や紹介の講義が帝京科学大学講師の渡辺さんからありました。

中村さんの講義

渡辺さん。介護現場で使う器具を実際に使って見せている様子

 奥井さんの、タイとの比較を交えた客観的な視点からの地域ケアの現状、芝山さんと河村さんの地域住民のリアルな目線、中村さんの政策・制度という大きな枠組みから見た現状、渡辺さんの福祉用品の考え方や具体的なサポートの方法で、複数の角度から日本の高齢者・障がい者福祉の取り組みについて紹介され、順を追って全体像が把握できる講義の時間となりました。

 その後、一行は7月4日に宮崎地域ケアプラザ(横浜市西区宮先町2)を訪問、5日は横浜総合リハビリテーションセンター(横浜市港北区鳥山町)の施設見学をしました。

 最終日には、格安スーパー・ドンキホーテや100円ショップなどでたっぷり買い物を楽しんだのち、6日にタイへと帰国しました。

 講義中に熱心にメモをとっていたタイ自治体の市長さんたちですが、学んだことを自国へと持ち帰り、どう活かしていくのか、今後のタイでの取り組みに注目したいと思います。

 

タイと日本の学び合い-先進国?発展途上国?―

 「学び合い」とは、具体的に何を意図するものなのでしょうか。

 先進国と呼ばれる日本。これまで、いわゆる「発展途上国」と呼ばれる国/地域に対し、技術協力・有償資金協力・無償資金協力・緊急援助・国際機関への拠出/出資など様々な形態で支援をしてきました。

 ところで、他の国に対して「開発」や「援助」という言葉を用いることに、違和感を抱きませんか?それは、「日本の技術が進んでいるから」「人が優れているから」「お金を持っているから」といって日本が途上国へ「上から目線」的な枠組みで接する感覚を抱くからではないでしょうか。

 今回のツアーを共同主催した奥井さんは、JICAの職員としてタイやミャンマーなどアジア各国での協力事業に携わり、それらの国々の地域コミュニティや日本政府・NGOなどの関わり方を見つめてきたそうです。そうした中で、こうした国々と日本のコミュニティの抱える課題や創意工夫に大きな共通点があること、日本の経験が途上国のまちづくりの参考になると同時に、途上国の経験が日本のまちづくりに参考になること、そしてその双方向性の関係性構築が異文化理解につながることに気づいたそうです

 それが、現在の野毛坂グローカルの活動につながっているのではないかと思います。

 野毛坂グローカルは、2016年に奥井さんが任意団体として立ち上げた国際協力団体ですが、今回のツアーを含めてこれまで7回にわたる途上国の人びとと日本のコミュニティの人びととの直接の学び合いの場を作ってきました。

「国際協力団体というより、日本と途上国の学びあいを通じたまちづくり団体なんです。だから、地域の人が自分たちの言葉で直接話しかけることにこだわっています」と奥井さんは話します。


 現在、日本政府は急速に高齢化が進むアジア地域を対象に、日本の介護の経験をもとにした国際協力を行い、またアジアの人材に対する経験の機会を日本で積んでもらう「アジア健康構想」を掲げ、健康・介護分野でのアジアへの貢献・協力を推進しています。しかし、その背後には、介護産業の輸出や介護分野の技能実習生に代表されるように、日本で不足する介護人材をアジアに求めるような「日本側の都合」が見え隠れします。

 「日本では介護保険施行以来、介護を社会化(お金の関係)しようと頑張ってきました。つまり、高齢者が日頃触れ合う人は、ヘルパーさんや看護師など『職業として』お世話をする人だけになってしまいました。しかし、それで本当に高齢者が幸せなのかとの疑問から、地域コミュニティとの『お金が関係しない関係』も重要でないかとの考え方がでてきています。

 一方で、タイなど途上国では家族やコミュニティなど『お金が関係しない関係』しかありませんでした。今、途上国でも少しは『お金の関係』も必要であり、どのような制度を作るのがよいのか模索している最中です。経緯は異なりますが、結果的には、タイなど途上国と日本はどちらも『お金の関係』と『お金が関係しない関係』のベストマッチングを模索しているのが、今の状況といえます。そういう意味で、途上国と日本は『一緒に』将来の介護を考えることができるパートナーです」と奥井さんは言います。

 

グローカルな交流

 今回のツアーは「福祉」を共通のテーマにしたグローバルな交流・学び合いを、ローカルに還元していくという、まさにグローカルの場でした。

 日本に多くの外国人が訪れ、住み、遊び、学び、働くようになってきました。
「多文化共生」や「異文化理解」は今まで以上に重要なキーワードになってきます。

 奥井さんは「楽しいことを一緒に行うことを通じた相互理解を目指すことは、きっかけとしてはとても良いです。しかし、尊重し、信頼し、真に理解し合うためには、一緒に共通する課題に取り組むことが近道なのです」と言います。

 また、奥井さんは「多文化共生・異文化理解というのは外国人との共生や理解だけではない」との持論を持っています。日本人であっても多様な考え方や価値観を持つ人もいます。そのような多様な人との共生社会が、将来目指すべき社会で、そのために外国人とのかかわりあいを持つことは、異文化理解への身近な第一歩となります。

 「グローカル」は、グローバルとローカルを掛け合わせた造語ですが、いろいろなところで聞かれるようになりました。視野をグローバルに持ち、ローカルで活動する。

 いろいろなものやコトが、地球上どこでもつながっている今日です。一国の中で考えなければいけないことももちろんありますが、生活している舞台は、結局世界とつながっています。何か困ったことがあれば、世界に目を向けて、地球に一緒に住むパートナーたちと補い合いながら、地域(ローカル)という舞台で生活する。今後は、そんな考えが普通になってくる社会なのかもしれません。

JICA横浜にて

河口湖での観光の様子。奥井さんとタイから来た3人で

ライター紹介

横浜コミュニティデザイン・ラボスタッフ。ヨコハマ経済新聞・LOCAL GOOD YOKOHAMAライター。

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