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【インタビュー】防犯劇を展開する「表現のチカラ」の挑戦 舞台役者・はだ一朗さん

※この記事は、RCE横浜若者連盟の学生が取材・執筆を行っています。
LOCAL GOOD YOKOHAMAは市内で社会参画を志す市民と積極的に連携しながら、市民が自ら作り出すコンテンツづくりのサポートを進めています。

 

「素舞台だと身ひとつで伝えられて、表現しようと思えばできるでしょ。だから、無限大だと思うんですよ」

そう語る、はだ一朗(役者名)さんは、横浜市に住む舞台役者です。1971年に大阪で生まれ、2008年から横浜へ移り住み10年が経ちます。2018年に「表現のチカラ」という、高齢者を対象として、演劇の「表現」を通じて防犯啓発の「寸劇」と「ワークショップ」を行う任意団体を立ち上げました。まだ動き出したばかりの小さな団体ですが、そこには、はださんがこれまで表現者として歩んできた中で得た”表現すること”への思いが込められています。「表現を通じた社会活動」にたどり着いた経緯を伺いました。

 

◎防犯劇とは…?

「防犯劇」(防犯啓発ワークショップ)は、冒頭の15分、はださん演じる刑事と、もう一人の相方刑事(田中照人さん※後述)が2人で詐欺事件の調査をするシーンから始まります。調査を通して詐欺の問題と向き合う刑事2人の葛藤が描かれ、後半40分は、高齢者の自宅に詐欺の電話がかかってくる場面となり、刑事が劇中で思い悩み「この思いを伝えに行こう」と、実際に高齢の方達が集まり今まさに防犯劇を鑑賞している会場に駆け込んできてワークショップが始まるという演出です。芝居の世界と現実が混ざり合う、臨場感溢れる工夫が凝らされています。

「特殊詐欺」の内容を扱った背景には、大阪を活動拠点とする役者仲間である田中照人さん(先述)との二人組ユニット「PROJECT一照」の存在があります。2016年、そのユニットで「ブルーチェイサー~空の蒼と海の碧~」という特殊詐欺を扱った作品を演じた際、役を演じるにあたり、警察に取材をし、特殊詐欺の背景を色々調べたといいます。そこで、全国の特殊詐欺の被害の悲惨さを目の当たりにします。

「ブルーチェイサー」では、犯罪グループを追う中で刑事同士に確執が生まれ、刑事2人が撃ち合う内容でしたが、公演中に「おじいちゃん、おばあちゃん向けにこの話を作り変えてみたらどうか」と、観客から声が複数寄せられます。そこから芝居の枠を超えた、観客を巻き込むワークショップの手法を取り入れ、2017年に、防犯啓発の文脈が加わえられた内容で台本が完成。初回は大阪の淀川警察署の協力のもと地域の人たちを対象にしたワークショップが実施され、以降大阪で6回の上演をこなしました。

ふと「自分の住んでいる街は、詐欺被害額はどうなっているのだろう」と、被害状況を調べると、2017年の神奈川県の特殊詐欺被害額が約58億円、うち約5割が横浜市の被害額という事実を知ります。

その後、「このような『表現』を通じた社会課題へのアプローチが、各地の表現者たちに広がる仕組みをつくりたい」という構想が生まれ、2018年、任意団体「表現のチカラ」の立ち上げ宣言をしました。

大阪での防犯劇の様子

 

◎見過ごせない「特殊詐欺」の被害額と手法

特殊詐欺とは、振り込め詐欺(オレオレ詐欺・還付金詐欺・融資保証金詐欺・架空請求詐欺)、金融商品等取引名目の詐欺、ギャンブル必勝法情報提供名目の詐欺、異性との交際あっせん名目の詐欺、それ以外の詐欺をまとめた総称を指します。

ここで集まったお金は明確な使途先は明らかではありませんが、違法賭博や風俗など、治安が悪くなる方向へ使われていると考えられています。日本は2017年度の被害額が約394億円で、一日に合計1億円以上ずつ誰かが被害に遭っている計算になります。

犯人達は、電話の向こうの初対面の高齢者を騙すために台本を何本も用意し、インターネットで自分の素性を隠しながら若者をバイトとして雇い、彼らを電話をかける「かけ子」、被害者に会いに行き現金やキャッシュカードを受け取る「受け子」、金融機関に行ってお金を引き出す「出し子」などに配役し、台本に沿って演出、稽古をします。

詐欺犯罪を支えているのは、高齢者の老後の楽しみともいえる「貯え」と、騙されやすい環境に身を置く「若者」という、皮肉な構造があり、はださんには「その汚い手口を役者として許せない」という思いが強くあります。

「平成29年の特殊詐欺認知・検挙状況等について(確定値版)」警察庁

 

◎「ライブ」のチカラ

2018年7月には横浜市旭区で、横浜で初となる防犯劇を実施しました。旭区で活動する「旭区 童謡・愛唱歌を歌う会」の小黒先生との出会いもあり、横浜での初回防犯劇では唱歌「ふるさと」の歌の一部のパートを使って「後半のワークショップで流してみたらどうか」という案が生まれます。

高齢者の方に向けて伝えるメッセージは「固定電話をとらない」「他人事だと思わない」「お金が絡む内容は一旦切って相談する」こと。この「騙されない」ポイントを歌にのせることで、特殊詐欺に潜む怖さを演技から引き出すだけでなく、耳に残りやすいメロディーにのせることで、より頭に残る効果があるといいます。結果、地元の人たちで大合唱になり、反響は大きかったようです。

はださんは、デジタルでは感じることができない”生(ライブ)で感じる事”を大切にしています。好きな人ができたときにラブレターを渡すドキドキ感や、交換日記で意思疎通するワクワク感―。「でも、これ(=インターネット端末)だと肉筆ではない”マシーン文字”からしか感情を受け取れない。顔文字とかあるけども、こういったものがメインになってる。だからこそ、この『ライブ』のチカラって凄い重要じゃないかなと思っていて、『表現のチカラ』は今でこそ大事だし、無限の力があるといった意味を込めています」。

音楽もダンスも朗読も、ライブだからこそ伝わるものがあるといいます。はださんの「表現」に込められた思いは、自身が立ち上げたプロジェクト「表現のチカラ」に反映されています。

高齢者に向けて表現したのは初めての経験だった。「がんばってね」「怖いと感じた」「今までで一番おもしろかった」という感想を聞き「感激よりも戸惑いがあった」と話す

 

◎横浜の中で「つながり」をつくる

こうした活動を進める中で、横浜が抱える課題も見えてきたといいます。

「水面下で問題が蓄積されていて、その解決力は十分にあったとしても、そのスピードが速くなく、『よし。これやろう』って流れが鈍いように感じている」。

はださんが考える横浜という地域の姿は、各団体が自主的に活動をする中で、どこか散発的で、個々が手をつないでいないように見えるといいます。はださんは今後、横浜で「表現のチカラ」の活動を展開していくイメージの一つとして「プラットフォーム」を意識していました。

「表現者って台本があれば、誰でも表現できるのが強み。そういったネットワークをつくらないと、どんどん進化していく特殊詐欺や社会課題に対抗できない」。市内では、旭区で実施した防犯劇に留まっていますが、今後は市内各地に展開し、ゆくゆくは詐欺防犯劇を行う各地の団体をプロデュース・ネットワーク化させ、さらには社会にある他の課題にも「表現」を通じた啓発を行い、演劇を始めとする表現者たちが自分たちの強みを生かしながら社会参画する姿を目指します。

その先には「日本全国の表現者と手持ちの戯曲を交換しあって、表現による社会貢献をメジャーにしていく中で『社会問題を考えてもらうきっかけ』や『演劇(観劇)をもっと身近に感じてもらう』こと」が最終目標としてあります。

「20歳くらいのときは『社会を考えよう』『研究しよう』など微塵も思っていなかった。50前になって、僕も人の役にたてるのかなと思い始めた」と話すはださん

 

◎若者のチカラ

プラットフォームづくりをするには「若者の力が必要」と語ります。特殊詐欺では、高齢者を騙す手段として若者をターゲットにするケースがあり、そこには「苦労せずに何か大きなものを得られる」という、現代社会を生きる若者の特性が見え隠れします。ただ演技をするだけで数万円貰える―。アルバイト感覚で始めたことが、最終的には抜け出せない状況へと追い込まれてしまいます。

アナログからデジタルへ、肉筆から”マシーン文字”へ。常に情報が身の回りにあり、情報に「コントロールされている」感覚すら抱く情報管理社会の中に身を置く私たちは、ライブの「ドキドキ」「ワクワク」などの「緊張」、心が刺激されることの「面倒くささ」を回避するため、情報に頼り、自ら行動して何かを得るという行為自体を避ける傾向も一部あるのかもしれません。

若者が特殊詐欺グループに操られる背景には、冒頭ではださんが話した”デジタル社会”の文脈も関係してくるのかもしれません。ただ、そのような社会を使いこなしているのも今の「若者」と言えます。特殊詐欺(演技の悪用)には演技で、デジタル社会の負の部分には、ネイティブユーザーである若者が対抗していく。あらゆる潜在的なチカラを用いて社会の負の部分にアプローチしていく「表現のチカラ」の構図が見えてきました。

はださんが次に防犯劇を実施したいと考えているのが、高校です。高校1年生から3年生の若者を対象にワークショップを行い、ライブ感覚で詐欺の怖さを伝え、警戒してほしいという願いが強くあります。

 

◎「自己満足」のその先へ

一方で、はださんは「表現」することは”独りよがり”だともいいいます。

はださんが役者を志したのは、社会人になってから。脱サラしてから選んだ道でした。サラリーマン時代、野田秀樹さんが手掛けた「贋作 罪と罰」を観て衝撃を受け、すぐに「劇団☆新感線」のオーディションを受けたことから芝居の世界に入っていきます。学生時代や役者を始めてから一貫して「自分自身のため」の表現活動でしたが、防犯劇の活動を始めて「社会の役にたつ」感覚を得ます。この目指すところの方向転換が、役者を続けるためにも必要だったと話します。

役者仲間は、はださんの活動を心から応援してくれています。ですが、中には「お手並み拝見。どこまでやれるかな」というような視線を感じることもあるといいます。

「今日本で起きている強大な社会問題に対して、自分の仲のいい仲間たちに別に『一緒にやろうぜ』と言ってるのではなくて、僕が音頭をとってやっていき、そこに周りの評価がついてきたら、きっと仲間も増えて物事も回転していく」と、自分の信じた方向へとにかく進んでみるという、はださんの強い意志がありました。

しかし、実は”人見知りで緊張しい”だと話すはださん。「この活動を通して、もう少し自分を表現することができる人になれるようにがんばろうと思っている」と話します。

はださんの語る「表現」は、はださんの中で常に変化していて、かつ常に磨きがかけられているようでした。自分の表現に満足せず、観る人、受ける人と共に磨き上げていく。その先に「社会の役に立つ」というおまけがついてくる。はださんの話から「表現することを色々な角度から見る」ことができました。「表現のチカラ」は、これから本格始動です。

 

 

編集後記

菊地花梨(フェリス女学院大学3年 )

「劇団」といった自己表現の場と観衆の一体感を大事にするところから、はださん自身のあたたかい人柄が伝わってくるように感じられました。お芝居と日常生活に潜む社会の問題とを結び付けた形は、筆者にとって新鮮なものでした。実際のお話から、お芝居だからこそ私たちに直接響くような「ライブ」の影響力は大きく、同時にその土地に限らないネットワーク化が図れる点が、魅力であると気づかされました。

聞き取り・執筆:菊地花梨
編集・撮影:LOCAL GOOD YOKOHAMA 編集部

ライター紹介

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