4つの都市圏域で見る横浜

370万の人口を抱える巨大都市・横浜は、10370630_675121512557336_1188502875_n空間軸でみれば流域や沿線といった単位でそれぞれ独立する地域ブロックの、時間軸でみれば形成の時期もなりたちも異なる多彩な市街地からなる「合衆体」だ。したがって市民の生活実感からすれば、横浜という都市全体で社会資源の状況などを把握評価し、他の大都市と比較して、生活環境が充実しているなどと言われても実はあまりぴんとこない。「自分の住んでいる地域はどうなのよ」と思わず問いたくなってしまうのだ。しかも、「まだら模様の人口減少社会」の到来によって市内の各地域間の人口動態や構造、産業集積、生活環境などに大きな差異が生まれつつある。

横浜の都市力や暮らしやすさについて、説明をしようとするのなら、都市ブロックやそれぞれの市街地ごとに実態を分析・把握し、評価する必要があるといえよう。ここでは、まず横浜の都市構造(空間軸)の特徴により、市域を4つの都市ブロック(圏域)に分類したうえで、それぞれの実態について概説してみよう。

 

①北部圏域(人口:106万0321人/2010年)

住宅地としてのブランド維持と新たな産業ゾーンの形成

市内最大の河川「鶴見川」の流域。JR横浜線と東急東横線、田園都市と市営地下鉄4号線の沿線によって形成されるエリア。東急田園都市沿線などを通じて川崎北部と一体的な生活圏を形成している。2005年(平成17年)から2010年(平成22年)までの人口増減をみると14.6%の増加。他の圏域と比較して最も人口増加率が高い。年少人口の比率が130%(2010年)と高く、高齢者人口の比率が181%(2010年)と低いのも特徴。子育て層を中心に人口増が続いているのは、

① 東京に地理的に近いため「人口の都心回帰現象」の影響を受けやすい

②  田園都市線沿線や港北ニュータウンなどのブランド力の高い住宅地を抱えている

③  第2郊外形成期の区画整理がいまだに1部のエリアで継続中である

④  JR横浜線沿線なの大規模工場跡地でスポット的な市街地開発があったなどの原因が考えられる。

北部圏域のコアとなるのが、鶴見川中流域の低湿地帯に位置する新都心・新横浜だ。東海道新幹線の広域的な交通ターミナル機能に加えて、環状2号線によって道路交通の面でも北部圏域に限らず市域の郊外部と都心部の交通結節点としての拠点性持たされている。

さらに注目すべきは、新横浜1丁目から3丁目にかけて約80haに半導体設計など300を超えるIT関連企業が立地していることだ。この新横浜駅周辺に集積するIT関連産業に加え、鶴見川の上流域の港北ニュータウンや新羽地区などには、外資系企業や電気機械関連の企業が集積している。また東急田園都市沿線を中心にITリテラシーの高い住民が多く、ICTを活用したスマートシティづくりなど市民の参画による先駆的なまちづくりの取組みが行われている。さらに圏域内には、東京工業大学や東京都市大学など理工系の大学があり、鶴見川流域で産・民・学・官が連携する「オープンイノベーションプラットフォーム」の形成も可能なエリアだ。なお東横沿線や港北ニュータウンを中心にNPOによる子育て支援や子ども・若者の居場所づくり、自立支援の取組みも活発に行われているエリアである。

 

②東部圏域 (人口:91万5112人/2010年)

海と港の横浜らしさを発信する臨海都市部の再生

臨海都心部およびその周辺エリア。昭和30年代までに市電を中心に市街地が形成された環状2号線より内側のエリアとほぼ重なる。

①  横浜港を中心に南北に広がる京浜臨海部と磯子・根岸の工業地帯

②  みなとみらい21地区や横浜駅周辺、関内・関外地区などの業務系・商業ゾーン

③  帷子川、鶴見川、大岡川、中村川、掘割川、入江川・滝の川などの運河沿いの埋め立て地に広がる密集市街地

④  旧海岸線である下末吉台地の崖線状に形成された住宅地

の4つのゾーンから形成されている。

市電は廃止されたが、路線はそのままバス路線に引きつがれており、地下鉄や私鉄も含め、圏域内の個々の市街地を結ぶ公共交通網が密度濃く張り巡らされているのが特徴だ。2005年(平成17年)から2010年(平成22年)までの人口増減をみると1.5%の増加。ほぼ横ばい状態だ。都心回帰現象によって人口が増加している半面、他の圏域に比べて年少人口割合が114%(2010年)と最も低く、老年人口割合が195%(2010年)となっている。圏域全体の少子化が急速に進んでいるのが特徴だ。

圏域の拠点は横浜駅周辺とみなとみらい21地区だが、これらの地区では業務・商業集積が進むとともに、近年ではマンション開発による比較的若い市民の流入が目立っている。

一方で関内地区のオフィスや商業施設がシルバーマンションやホテルに変わりつつあり、従来まで東部圏域が果たして来た横浜オリジナルの都心機能のあり方が変わりつつあることが良く分かる。

関内・関外地区の今後を考えると「黄金町バザール」などに見られるように「創造都市」を旗印にしたアーチスストやクリエイターたちによるリノベーションをどのように進めて行くかが、大きな鍵を握っている。また圏域内の崖地・低地に共通して広がる細街路の木造密集市街地の防災・減災のまちづくりも喫緊の課題となっている。さらにオールドカマー、ニューカマーも含め外国につながる市民の比率が高い圏域でもあり、「多文化共生」をどのように進めるかも地域再生の一つのテーマである。

 

③西部圏域 (人口:848668人/2010年)

人口減少を逆手にとる「地産地消」と「スローライフ」の展開

帷子川流域と柏尾川低地を走る相鉄本線といずみ野線、市営地下鉄1号線(戸塚駅〜湘南台駅間)の沿線によって形成されるエリア。相鉄線や市営地下鉄のネットワークによって、大和、海老名、厚木、藤沢などの県央・県西地区との関連性が深い。2005年(平成17年)から2010年(平成22年)まで人口は5.6%減少。年少人口比率が135%(2010年)と最も高い反面、老年人口割合も225%(2010年)と最も高く、高齢化が進んでいることがわかる。

この圏域の将来の人口動向を考えると

①  相鉄本線の沿線は、第1郊外形成期にスプロール的に開発された市街地が多く、駅周辺を含め新規の住宅開発の余地がほとんどないこと

②  急速な人口減少と高齢化が進む駅からバス利用圏にある中高層の住宅団地を多く抱えていることなどから、今後さらに圏域全体の人口が減少し、高齢化がさらに進展することも類推される。

この西部圏域の社会資源の特徴として、市域では珍しいフラットな市街化調整区域内に優良な農地を抱えていること、また高齢者や障害者の社会福祉施設が数多く存在していることがあげられる。さらに、直売所の経営や引き売りなどを通じて消費者と積極的にかかわろうとする農家や、開かれた施設経営を旗印にして、周辺の住宅地と積極的に交流を進める意欲を持つ社会福祉法人やNPO法人も多い。これらの社会資源と主体を核にして「地産地消」や「スローライフ」というコンセプトのもとに圏域全体のプロモーションを展開すれば、人口減少社会ならではの新しい都市像を、全国に向けて、この西部圏域から発信できるだけの可能性をもっているエリアであるともいえる。こうした観点から、「相鉄いずみ野線沿線の次代のまちづくり」や米軍からの返還の方針が合意された「上瀬谷通信施設」や「深谷通信所」の跡地利用など、この圏域の将来の目玉となる都市づくりのプロジェクトが、今後どのようなビジョンや手法によって展開されるのかは着目されていい。

 

④南部圏域 (人口:864672人/2010年)

海・川・森の自然環境に恵まれた環境行動都市の具現化

横浜最大の丘陵緑地帯である「円海山緑地」の周辺に形成された市街地を中心に、東は磯子から金沢までの海岸線によって、西は戸塚から大船までの東海道線によって縁取られたエリア。圏域内には主要な鉄道網として京急線(上大岡〜金沢八景・六浦間)とJR根岸線(磯子〜大船間)が走る。中世の鎌倉文化圏であり、現在でも京急線やJR線などの鉄道網や鎌倉街道や国道16号線などの道路網を通じて横須賀や逗子・葉山・鎌倉など三浦半島・湘南圏とのつながりは深い。2005年(平成17年)から2010年(平成22年)までの人口増減をみると20.8%減、西部圏域と同様減少へ向かっているが、南部圏域の方が顕著に減少傾向であることがわかる。また年少人口の割合は128%、老年人口割合は222%で、少子高齢化も進んでいる。南部圏域の人口動態の特徴は、第2郊外として1970年代〜80年代にかけて開発された洋光台や港南台などの大規模団地、京急釜利谷地区、上郷・庄戸地区などの戸建ての丘陵住宅地において少子高齢化と人口減少が進んでいるのに対して、大船駅や上大岡駅周辺ではマンション開発によって人口が急増するなど、横浜の「まだら模様の人口減少社会」を象徴するエリアとなっていることだ。行政区の単位で人口動態や人口構造を眺めてみても問題の本質が最も見えにくい圏域であるとも言える。

この南部圏域の社会資源の特徴は、丘陵や河川、崖線と渚(干潟や自然海岸)といった横浜の原風景が東部圏域などと比べると、一定程度自然のまま維持保全されていることである。そしてこのような大都市圏としては恵まれた自然環境と一体となる形で大規模公園、動物園、水族館、博物館、研修・野外活動センターなど多彩な学習・レクリエーション施設や、関東学院大学や明治学院大学、横浜市立大学などの大学研究機関が立地していることだ。市域のみならず首都圏レベルで見ても有数の教育・文化・レクリエーション資産を抱えているエリアである。このように恵まれた環境資産や文化資産を「コミュニティ経済」という文脈で市民、企業と共創的に活用していくこと、さらにその取り組みを鎌倉、横須賀、逗子、葉山といった周辺の都市にまで広げて行く事が、この圏域が持続可能な形で発展していくための重要なポイントであるといえる。